「あ、きた! 泉さん! 午後イチで使うってお願いしたよね?」

「え! あれ。共有フォルダに……」



 不穏な雰囲気に、嫌な予感が背筋を走った。慌てて共有フォルダを確認する。


 クリックして開くと、フォルダの中はまっさらだった。秋月さんが終わったと言ったはずの資料が見当たらない。



「え、なんで……! 秋月さん?!」


 真っ先に秋月さんに向けて言葉を投げた。声が届いた秋月さんは肩を震わせて怯えた様子で、他の社員の間をかいくぐり現れた。



「え。な、なんですか?」


「『なんですか?』じゃないよ! 私、秋月さんにお願いしたよね? 午後イチで山田さんが使うから急ぎでって」

「え。言われてませんけど……」


 頭を小刻みに左右に振って、さも初めて聞いたかのような反応を見せる。



「はあ?! だって、お昼休憩行く前に、『終わりました』って言ってたじゃん。その資料はどこ?」



 思わず声を荒げてしまった。確かに秋月さんに仕事を割り振った。本人も了承をしたのだ。目の前の彼女の反応が理解できない。なぜそんな嘘をつくのか。


「え、分からないです。ごめんなさいっ。……泉さん、私なにかしましたか?」


 怯えたように瞳に涙を潤ませて、か細い声で搾り上げたような声を出した。

 この時点で、やられた!と思った。


 秋月さんは、わざと資料を作らなかったんだ。私を陥れるために。瞬時にこの状況を理解できた。


 だけど、真実を理解できたのは私だけだ。資料を必要としている山田さんも。他の社員も。嫌悪感を乗せた視線を私に向けている。


 
「わたしが、悪いんです……きっと。泉さんがそう言うんだから。私が悪いんです」

「ちょっと、泣くのは違うでしょ」



 「どうせその涙も演技でしょ!」そう吐き捨てたかったが、喉まで出かかった言葉は、残されたわずかな理性で飲み込んだ。秋月さんのペースにはまってはだめだ。また悪者扱いされてしまう。