「あ、ごめんなさい。散らばっていたので……目に入ってしまって」

「30歳にもなって、童貞なんて言えないだろ? だから、童貞っぽさが出ないように……知識をつけていたんだ」


 消え入りそうな声は、後半はほとんど消えていた。仕事同様、真白さんは勉強熱心なようだ。


 こんなにイケメンなのだから、誰も童貞だなんて疑わないのにな。


 こうして間近でよく見ても、端正な顔立ちは見惚れてしまうほどだった。
 
 イケメンなのに、女性に興味がないとは。
 宝の持ち腐れってやつだ。
 

 童貞と聞いて心を躍らせていたが、女性に興味ないとなれば勝算が見当たらない。弾んでいた心はすぐに萎んだ。



 私だって、バカじゃない。それなりに恋愛を経験した大人だ。真白さんに交際を申し込んでも断られることが目に見えている。目の前でドン引きする真白さんを目の前にして、諦めざる負えなかった。
 

「はあ。せっかく見つけた童貞なのになー」

「……」



 心の中で呟いたつもりが、盛大に声に出ていた。真白さんはまた一歩後退して離れていく。

 

「あ、ごめんなさい。もう諦めますんで。基本的にイケメンとか、エリートには興味ないし。真白さんを好きなわけではないです。だから引かないでください。ただ童貞という言葉にときめいてしまっただけで」

「泉さんは、そういう性癖で……童貞キラーというやつなのかい?」

「ぶっ、童貞キラーって。あはは。違いますよ」



 いまだに一定の距離を取り、警戒を続ける。


あまりにも警戒されるので今後の仕事に影響が出てしまう。そう危惧した私は、真白さんに祖母の予言のことを話すことにした。



 霊視ができる祖母に予言をされた話なんて、真剣に聞いてはくれないと思っていた。しかし、予想に反して相槌を打ちながら、最後まで真剣に聞いてくれた。


 話し終えた頃には、祖母の話を信じてくれたようで、こわばった表情が少し緩んだ気がした。


 
「童貞に惹かれましたが、真白さんが女性嫌いと聞いたので。もう諦めます。好きになる前だったのでダメージもなく、次に進めます。あ、ちなみに友達に童貞とかいませんか?」

「いない、な」

「そうですか」

「泉さん、その。俺が童貞っていうことだけど……」

「もちろん、誰にも言いませんよ? その代わり、祖母の予言の話。誰にも言わないでください」

「互いに秘密は守るということで」

「はい。明日から、今まで通り上司と部下の関係でお願いします」



 お互いに深々と頭を下げた。

 私たちは飲み会帰りに一緒になり。互いに秘密を共有した。ただそれだけのことだ。



 真白さんの部屋を後にして外に出ると、夜空には星が散りばめられていた。いつもより星が輝いて見えるのは、身体に残った微量のアルコールのせいだろうか。なんだかやけにきれいに見えた。