午前零時のジュリエット

「小説家の航さんに、聞いてほしい物語があります」

美紅がそう言うと、航は「物語?」と言いながら目を輝かせる。小説家は何かの物語に惹かれる生き物なのだろう。美紅はゆっくり話し始めた。

「あるところに、古くから続く財閥のお嬢様がいました。お金は湯水のようにあり、屋敷には多くの使用人がいます。そのため、お嬢様は親からブランド物の服やバッグを買い与えられ、パーティーに行けば人に囲まれる毎日でした。しかし、その日々に自由はありませんでした」

「お嬢様として恥ずかしくないようにと、興味のないピアノやバレエなどの習い事をたくさんさせられ、同級生とそのお嬢様が遊んだことは一度もありません。親に学校も、結婚相手すら決められ、お嬢様は結婚する日が迫ってきています。しかし、その相手はお嬢様の家しか愛していません。両親の前では仲のいいフリをしています」

美紅はカウンターに置かれた航の大きな手に、自分の手をそっと重ねる。そして、声を震わせながら訊ねる。

「もしも、そのお嬢様が「私を攫ってほしい」と言ったら、あなたは攫ってくれますか?」

美紅は目を逸らすことなく航を見つめる。航はゆっくりと息を吐いた後、美紅の頰にゆっくり触れた。

「そのお嬢様が十五歳も年上のおじさんでもいいと思うなら、どこにでも連れて行くさ」

美紅の目の前がぼやけていく。そして、唇を動かし、生まれて初めて心の奥底にある想いを人に告げた。

「私を攫ってください」

歳の離れた彼は、美紅の手に口付けて真剣な眼差しで言う。

「本当にいいんだな?もう逃してやれねぇぞ」

時計の針が午前零時になったことを告げる。恋を実らせたロミオとジュリエットは、手を取り夜の中へと消えていった。





完結