だが返事がない。ただ聞こえていないだけかと思い今度は声を張り上げて同じ呼びかけを繰り返したが、同じく返事はない。

「……おじいちゃん? 開けるよー」
 
 何かおかしい……祖父はそこまで耳は遠くないはずなのに。承諾の言葉を待たず湯気で曇った扉を開けると湯船に沈んだ祖父を発見した。衝撃的過ぎて「ひっ……!?」と短い悲鳴を溢して全身が硬直した。

「きゃああああああああああっ!?」

 すぐに破裂したような悲鳴を叫んで慌てて祖父を抱き起こそうとしたけれど、十歳の少女の膂力(りょりょく)ではどうすることもできない。水面の奥にある祖父の顔が光の屈折で歪んで見える。口を半開きにして眠っているようだった。

「花那ッ! どうしッ……ッ!?」

 花那の悲鳴を聞いてすっ飛んできた父がこの惨状を見て一瞬息を呑んで固まるが、すぐに我を取り戻して花那に代って祖父を抱き上げ浴槽から引きずり出してくれた。

 花那が頭を抱えて呆然と(くずお)れていると母が慌てて駆け寄り抱きしめてくれた。震える両手で母に必死にしがみつく。