「……よく見れるな、こういうの。痒くならない? 」


何かドラマでも見ようか、って話になった週末の夜。
例によって「まゆりの好きなのでいいよ」って言ってくれたお兄ちゃんに、わざとむず痒いベタな恋愛ドラマを希望した。


「痒いのがいいんじゃないですか? 非現実的にキュンとする感じ? 」

「そういうもんか。でもさ、本当にこんな男どこにいるんだって感じだよな。御曹司の定義がイマイチ分からん」

「どこにって……」


(何言ってるんだろう、この人)


「ここ、じゃないですか」


ソファで隣に座っている御曹司のスーパーダーリンを指差すと、お兄ちゃんは面食らったように目を丸めた。


「俺の場合は、家が儲かってるだけ。あと、たまたまそれなりの顔面で生まれてきただけ」

「……それ、謙遜してます? 」


家はともかくとして、お兄ちゃんはそれなりじゃなくてかなり格好いい。
おまけに優しいし、大切にしすぎなくらい大切にしてくれるし、突如にーにモード降臨になる時を除いて、基本的にはまともだ。


「卑屈になるくらいしてる。……だって、それしかないからな」

「何言ってるんですか」


思わず立ち上がって、笑って取り合おうとしないお兄ちゃんの正面にまわると。


「お兄ちゃんは誰にとっても……きっと、誰が相手でも最高の恋人だったと思うけど。私には、もう他の登場なんてあり得ないくらい……! す、」

「はいはい。ありがとな。……恥ずかしいから、それくらいにして」


そっぽを向いたお兄ちゃんに、手を引っ張られ。
ぽすんと、ちょうどお兄ちゃんの膝の間に倒れ込んだ。


(……もしかして……)


私は子どもの頃から、お兄ちゃんを傷つけてたんじゃないだろうか。どこが好きか聞かれて、


『お顔? 』


なんて。
あの頃既に成長していたお兄ちゃんは、かなりモテたはず。
もしかしたら、人が集まるのは顔だけとか、家のせいだとか、そういうことで悩んでた時期だったかもしれない。


『まゆりに救われた』って言ってくれたけど、救ったどころか傷口に塩を塗ってばかりだったんじゃ。


「……もし」


ずっと、誤解させてたかもしれない。
どんな気持ちで「お兄ちゃんが好き」を聞いてくれてたんだろう。


「もし、お兄ちゃんの方が家を飛び出して、ドラマみたいな設定がなくなっちゃったとしても。いきなり現れたのが、高級スーツを纏ったイケメンじゃなくても……私、お兄ちゃんを匿ってますよ」


そして、婚約者のふりをして。


「絶対、好きになってる」


――ふりじゃ我慢できなくなって、プロポーズしてる。


「……まゆりだ」

「え? 」


お兄ちゃんの反応が悪くて俯いた頬を、フェイスラインを辿るように撫でた後持ち上げられる。


「俺は……ずっと、まゆりが欲しかったんだな」


(欲し……え!? )


何の話をしてたんだっけ。
そんな流れだったっけ。
お兄ちゃんの魅力を力説してる回だと思ったのに、そそそ、そんな――……。


「なに、妄想してるの。そういう意味じゃなかった……こともないけど。それも含め、俺がはっきり何かを欲しがったのは、まゆりだけかもしれない」


きっと、何もかも手に入ったお兄ちゃんだから。
欲しくも何ともないものも、押しつけられてきた人だから。


「……好き、です」

「……ん……」


あんまり信じてくれてない感じの、返事には満たない相槌。
不満そうにしてたのがバレたのか、苦笑した後少し考える素振りを見せてから。


「じゃあ、キスして。まゆりの、下手くそなやつ」

「なんで、そういうこと言うんですか……! 」


失礼な事実を、妙に甘えたように言われて怒るに怒れない。
恥ずかしいし情けないけど、ご所望どおりのキスひとつ。


(……いつか……)


希望に添えないようになるのかな。
そうなってやろうと決意したくなる反面、やっと嬉しそうに笑ってくれたお兄ちゃんをみると、練習なんてしたくなくなって――もうこのキスは、私からでも下手くそでもなくなってしまっていた。