「おはよう」


翌朝、リビングで額に口づけてくれたお兄ちゃんは、いつもどおりで。


「デートしようか」


そう言った哉人さんは、少しよそよそしかった。





・・・



哉人さんが読んでいる本や、見ている映画は私には難しくて、結構眠くなる。
私が見ていたラブコメは、哉人さんにはすごく居心地悪そうだった。
たぶん、お互い気まずいものがあるデートだったけど、初めて哉人さんという人の好みを知れた気がして嬉しい。


(……今まで、ちゃんと向き合ってなかったんだな)


お兄ちゃんは最初から何かを卓越した人で、私と同じ人間だと思えなくても当たり前なところがあった。
あまりに違いすぎて、疑問も浮かぶことがなかったけれど。
私はただの男の人のお兄ちゃんを、きっと知らなすぎた。


「あ、私片付けますけど。触られたくないものあったら言ってくださいね」

「別に、何も変なものはないよ」

「や、そ、そういう意味では……もしあったら、寧ろちょっと見てみたい……ったぁ……」


甘すぎる「ばーか」とともに、久しぶりのデコピンが飛んでくる。
でも、今までに比べて勢いはなくて、ちっとも痛くないどころか避けようと思えば避けられたのに、敢えて食らってあげたくらい。


「助かるけどさ。まゆりの料理は心臓に悪いから、もう少し慣れてからにしてほしい。苦手のくせに、いきなりハードル上げすぎなんだよ」

「うっ……ひどい。練習しないと、上手くならないのに」


確かに「初心者向け」「ズボラさん向け」のレシピは、どれも私にはそうは思えなかったけど。
神経質なお兄ちゃんに、私がキッチンに立つたびに救急箱用意されるし、そもそも救急箱があることがすごいし、鍋に何か入れるたびそわそわされてしまう。


「言っとくけど、俺はそんな花嫁修業みたいなのしてほしくないんだからな」

「分かってますよー。私が勝手にやってるんです。それに、花嫁修業というよりは必要な生活スキルなんですから。古いです」

「……なら、一体今までどうしてたんだ」


お兄ちゃんは意味分からないって顔をするけど、ですね。


(好きな人に、変なもの食べさせたくないだけなんですよーだ)


一人だったら適当にしてたけど。
私の手料理の方が、買うよりもよっぽど変なものに分類されるかもしれないけど。


「まあ、気持ちは貰っとく。ありがと」

「……それ、嬉しくない時の言い方ですよね」


シリアスモードを避けたくて文句は言ってみたけど、それもそうだなと思う。
お兄ちゃんが作った方が美味しければ、お兄ちゃん自身が望んでないことを私が勝手にやってるだけだもん。


「愛情は伝わってるけど、他の形でほしいだけ。……たとえば、こんなので」


そうキスしてくれたのは、私の為だ。
お兄ちゃん――私の彼氏はどこまでも甘くて、私を優先してくれる。


「……哉人さんは、もっと……」

「ん? 」


――もっと、我儘でもいいのに。
お兄ちゃんの唯一だったかもしれないお願いを断っておきながら、そんなことを思うのは狡い。


(……他には、何もしてほしいことないみたいに言われたけど)


でも、やっぱり彼女らしいことしたいよ。
お兄ちゃんに任せきり、言ってくれるのを待つんじゃなくて、もっとちゃんとできること探そう。


(……そういえば)


お兄ちゃんが突然、あんなに焦って音信不通だった私を訪ねてきたのって。

――本当に、依子さんのことだけが理由だったのかな。