(……何だろう、この仕打ち……)


訳が分からないけど、ただの善意のはすはない。
たとえそれが、意味もなくハイブランドな服のプレゼントだったとしても。




・・・





『……着替えて出るわよ』

『……は? いきなり何ですか』


約束もなく訪ねておきながら、私の上から下まで一瞬で目を走らせたと思ったら、溜息混じりに命令された。


『ここじゃなんだから、場所を変えようと思ったけどやっぱり。準備してよかったわ。それあげるから、さっさと着替えてきて』

『い、いりませんよ! みすぼらしいって目で見るのやめてもらえますか』


施しのつもり……もないんだろうな。
依子さんにとってはこんなの大したコストでもなくて、貧乏くさい私と歩くよりはあげた方がまし、ってことなんだろう。


『早くして。それともお嬢ちゃんは、他の女が家に上がる方がいいの? 』

『……』


それは嫌だ。
私のじゃなくて、お兄ちゃんの家に私以外の女性がいるのは。
本当だったら、もちろんこの場で帰ってもらうのが一番いいし、他の選択肢なんかない。
でも、今日は私にも依子さんに用がある。
せめて依子さんより大きな溜息になるように意識して吐くと、言われたとおり着替えるしかなかった。




・・・





「飲まないの? お嬢ちゃんに払えなんて言わないから、気にしなくていいわよ」


小洒落たという表現が安っぽいほど、高級そうなお店だ。
お店……という呼び名も合ってるのか分からない。


「は、払いますけど! ……なんで、依子さんと飲まなきゃいけないんですか……用件を聞かせてください」

「飲まなきゃやってられないから。お嬢ちゃんも緊張してるでしょ。……未成年……じゃないわよね、さすがに」


私にリラックスしてほしくて、お酒奢ってくれようって言うの。こんな高級なところで、おしゃれまでさせて。
ますます、依子さんの考えてることが分からなくなってくる。


「……これでも、成人して大分経ってます。そういうお話ですか。私みたいな子どもは、哉人さんに相応しくないって」


じゃあ、何でこんなとこにしたの。
自分の「オトナ」を見せつける為?


「お酒の年齢確認しただけよ。内容は違うけど、趣旨は合ってる」

「違う……? 」


内容は違うけど、言いたいことはあってるってつまりどういう――……。


「お嬢ちゃんが子どもだろうと大人だろうと関係ない。相応しいか相応しくないかなんて、どうでもいい。……哉人くんのことは諦めて」


私が何者なのかなんて、依子さんには関係ないんだ。
相手が誰であれ、身を引くなんて考えてない。
それが好きな人なら気持ちは分かるし、もっと悩むと思う。


「絶対に諦めませんし、引きません。私を言い包めたいなら、まずは理由を言ったらどうですか。哉人さんを好きじゃないのに、結婚したい理由。家がどうのって話じゃなくて、依子さんの理由を教えてください」

「……聞いてたら引いてくれるの? そうじゃないなら、無意味」

「じゃあ、私も同じ返事を繰り返すしかできませんけど」


思ったとおりに突っぱねられる前、依子さんらしくなく口ごもった気がする。
やっぱり、何か理由があるんだ。
それも家同士の問題というよりは、彼女自身のことで。


「……ちょっと失礼」


無理やり噛みつくように開いた赤い唇が、スマホの着信を見て閉じられる。
慌てて席を外した依子さんの背中が見えなくなって、へなへなと椅子から落ちてしまいそう。


(怖いか怖くないかって、そりゃ怖いし……! )


「何だか分からないけど、お疲れ。大変だね、女王様の相手」

「……そうなんです、疲れました……って、え……? 」


心の中の独り言を労われ、思わず返事をしてしまった。


(……けど、誰……。依子さんの知り合い? )


「女王様が戻ってくるまで、お相手してもいいかな。……どうしたの? こんなところで。無理やり連れてこられた、って感じかな。大丈夫? 」

「……え、あの……だ、大丈夫です。他人というわけじゃないので……当たり前ですけど」


当人、何が何だか分からなくて、それを解明する為に着いてきたから、変な答えになって笑われてしまった。
普通に「友達です」って言えばよかったとも思うけど、絶対にそうは見えないだろうから、結果は同じかも。


「取り巻きってようにも見えないし、君、面白いね。…
可愛い」

「取り巻きなんているんですね……。…………え!? 」


慣れないおしゃれな雰囲気と、決闘の気分とのギャップで心臓がバクバクしてて、聞いてるふりしてちっとも聞いてなかったけど。


(一体、今度は何事……!?!? )