『俺が対処しとくから、まゆりは心配しなくていいよ』


あの後、まるで面倒な顧客対応みたいに言った後、


『って言っても、気になるよな。ごめん。でも、本当に……』


きっと、「依子さんとは何でもないから」を止めて。


『……俺は、まゆりのものだから』


そう、またキスしてくれた。


『……うん』


誓いのキスには相応しいはずの、そっと、ゆっくり優しいキス。
恥ずかしいくらいそれが不満で、悲しかった。
せっかく、お兄ちゃん――哉人さんと急接近できたと思ったのに。
私たちは、恋人同士だ。
それは、ちっとも疑ってない。
それどころか許婚で、「本当の」婚約者は私だってことも信じてる。
でも、哉人さんの頭の中には、対象に入るわけもない子どもだった私がいる。
そして実際、私はまだまだ子どもっぽい。
だから、ほんのちょっとでも大人に見てもらえて――はっきり言って、その気になってもらえたのが嬉しかった。


「はぁ……」


今日はお兄ちゃんの帰宅が遅い。
製作作業に集中しないといけないのに、自分の溜息がうるさくて全然捗らない。


(それにしても、何だってそこまで……)


いくら依子さんが自信家で突飛だからって、普通恋敵の実家まで乗り込むなんて。
恋敵――ううん、依子さんは、お兄ちゃんのことが好きなわけじゃないって言ったのに。
そこまでして、どうしてもお兄ちゃんじゃなきゃダメなのかな。
好きでもない相手と結婚できるほどのメリットって、一体どんなことだろう。
それとも、私が年甲斐もなく夢を見ているんだろうか。


「……夢かもしれないけど」


それでも私は、好きなことをしていたい。
好きな人の側にいて、結ばれたい。
世間一般的にはガラクタで、幻想だったとしても。
やっぱり、好きなものは好きで失いたくない。

――大人しく、黙ってなんかいられない。


「……よし! 」


こうしてたって仕方ない。
きっと、気になっていつまで経っても作業に集中できないし。
そうと決まれば、さっそく依子さんに話をつけに――……。


「……どこに行けばいいんだろ」


勢いよく立ち上がった瞬間、がっくりとまた椅子に座り直した。
そういえば、依子さんの連絡先なんて知ってるわけない。


(お兄ちゃんは……)


知ってるのかな。
知ってるんだろうな。
対処するってことは、連絡つかないと話にならないし。
もちろん、個人的な付き合いじゃないんだろうけど――なんて、変だ。
婚約者なんて、個人的な付き合い以外の何だって言うんだろ。


(だから……! 恋人も婚約者は私……!!)


「……はぁ」


お兄ちゃんの溜息が移った。
奮い立っては落ち込むのに忙しい。
だって。


(……依子さん、綺麗だったな……)


自信が満ち溢れているのが見えるくらい、美しかった。
外見ももちろんだけど、立ってるだけで絵になるっていうのかな。
考え方は理解できないし、お兄ちゃんに対しての言動も納得いかないし、好きじゃない。
でも、なぜか、依子さん自身は嫌いじゃない気がする。
いや、憧れからの嫉妬からのモヤモヤだって分かってる。


「そりゃあ、自信満々にもなるよね」


そりゃそうだ。
私とは訳が違う。
でも、どんなに素敵な人だろうと、たとえ依子さんが本当はお兄ちゃんを好きなんだとしても。


「……あ……」


チャイムが鳴って、不思議と来訪者が誰かを確信した。

――諦めるわけにはいかない。