分かってる。


「〜〜っ、わ、私だって! 普段は、朝からこんなに甘いの食べないし、ホットミルクもあんなに砂糖入れたりしませんよ! 何杯入れたんですか!! 」


怒るとこ、違う。


「え、そうなんだ。だって、何も言わないから。昔、“もっと”って聞かなかったろ。まあ、今言ってくれてもいいんだけどな。ほら、“にーに、もっと”って言ってみて」

「い、言わないですよ! だから、過剰だって言ってるって言ってるじゃないですか……! 調子に乗って、にーにを持ち出さないでください……!! 」


なのに、それを敢えて気づかなかったふりして、昔のこと……いや、今の私への嫌がらせだ、これは。


「残念。……覚えとくよ。無理して食べなくていいから。こっちと交換する? 」


楽しそうに意地悪するくせに、そうあっさり引っ込まれたら膨れたまま何も言えない。
ましてや、そうやって髪を撫でられたりしたら。


「……でも、たまには食べます」


――激甘だって、私には必要。


「そっか。……まゆり? 」


前は、そんなの必要なかったのに。
一度味わってしまえば、どんどん欲しがってしまう。
このままじゃ、砂糖中毒になっちゃうんじゃないかな。
そうなった時に、お兄ちゃんがいなくなったらどうしよう。


「躊躇ってるのは、俺だから? ……それとも、家のこと? 」


そんな不安を見透かしたのか、もう何もついていないはずの頬をそっと拭うように触れた。


「あの時、親に言われたことさ。相手がまゆりなんだから、余計にちゃんとしろって言うのは正しいから。こうなった以上、やっぱりご挨拶は必要だと思う。……俺と帰省するのは迷惑? 」

「め、迷惑なんて。……ただ、あんまり帰ってなくて。お兄ちゃんじゃなくて、私の問題です」


(……分かってるんだ)


いつまでも、このままじゃいけないことも。
このままでいたら、いつか絶対後悔することも。


「そうだったんだ。誰だってそういう時期あるし、一人暮らしして、仕事して。忙しかったら尚更だろ。おまけに、お前の場合はちょっと違った事情もあったんだろうし、仕方ないよ」


きっと、お兄ちゃんはもっと大変だったんだろうなってことも。


「なのに、我儘言ってごめん。……まゆりの気持ちがもう少し落着いたら……俺が一緒に帰ってもいいかな」


――全部何となく察して、私の為にそう言ってくれてることも。


「……っ」


限界だった。


「……っと、どうした? そんなにホットケーキ甘かった? あ、今パンケーキって言うんだっけ。あれって、別物? 」

「そんなの、どっちだっていいですよ……ばか……」


どっちだって、何だって。
いつだって、悲しい時や寂しい時にそうやって甘やかしてくれた。


(……いつか、向き合わなきゃいけないと思ってた。逃げた自分が、ひとりで。なのに)


「一緒に行ってくれますか……? 私、頑張るから。……っ」


頑張るなら、ひとりで頑張れ。
ううん、自分のことくらい自分一人でできなくて、何を頑張ってるっていうの――……。


「恋人の実家に行くのに、頑張るの俺じゃない? いいんだよ、そんな意気込まなくて。……まゆりがそうしてくれたみたいに、今度は俺が側にいるから」


自分から側に寄って抱きついたのに、甘えた台詞が恥ずかしくて顔を背けた。
でも、お兄ちゃんはそれを許さないでくれて。


「……まゆりはさ、あの頃のことを甘えてたとか世話してもらったって思ってるのかもしれないけど。それは、単に今よりも年の差が感覚的にも大きかったからで、実際にはそうじゃない。少なくとも、俺のなかでは」


「あれ、本当に甘すぎた」って笑ったくせに、もう一度唇を重ねる。


「俺も、まゆりに救われてるんだよ。あの頃から、ずっと」


おかげで何も言わないでいられる私は、せめて、ぎゅっとしがみついて心に決めた。

それが甘い嘘なら、これからは本当にする。
もし、もしもそれが本当なら。
これからも絶対、お兄ちゃんの支えになりたい。

我儘で甘えんぼで、でも素直で真っ直ぐだった私を超えていくんだ。