「元許婚で現恋人が、婚約者のふりって。なんか、設定めちゃくちゃだな」

「……最初から、めちゃくちゃです。でしかないです。というか、それプラス、にーに呼び強制も無茶です」


一夜明けて、いや、変な意味じゃなく。
あれから私たちは、健全に別々の部屋に向かったんだけども。
余裕がないなんて、やっぱり大嘘としか思えない顔で、お兄ちゃんはパンケーキを焼いていた。
昔も作ってくれたなーとか、ああ、私はアイスを乗せろってごねたのかもしれないなとか。
朝からバニラとチョコのアイス付きの豪華なパンケーキにつっこむと絶対その話になるから、ここはスルーして有り難く頂こうとか。
ちょっと拍子抜けでそんなこと思いながら席に着くと、お兄ちゃんはそんなことを言ってきた。


「現状整理するとさ。いろいろ並べても、結局一つだと思うんだけど」


お兄ちゃんが逃げ込んできたのからまず、めちゃくちゃだし。
今やあんまり不満じゃないないことに、今もかなり抵抗があることを付け加えると、お兄ちゃんこそ盛大にスルーして続けた。


「ひとつ? 」


この関係はごちゃごちゃすぎて、一言なんかじゃ言い表せないと思うんですけど――……。


「そう。結婚を前提にお付き合いしてる恋人。要約すると、婚約者予備軍……かな」

「……あ……」


言われてみれば、もっとシンプルな話だった。
真剣に付き合ってるんだから、先を見ていてもおかしくない。
お兄ちゃんの境遇と状況なら、尚更だ。


「逆に、プロポーズしにくくなっちゃった? 」

「そ、そういうんじゃ……! 好き……ですよ。だから……」


だから、そんなことない。
ちゃんと考えてくれて嬉しいし、もちろん依子さんとそのまま結婚しちゃうのなんて絶対に嫌だけど。


「……恋人はともかく。本当に、私でいいんですか……? どんなに下手くそでも、演技じゃなくなったら……」


もう終わることも、後戻りすることもできない。
お兄ちゃんにプロポーズさせてしまうことが、何だか申し訳なくて。


「もちろん、たった今から籍入れようとか言わないよ。できるだけ、まゆりの気持ちを待ちたい。……でも、ごめん。それは、他の男よりもずっと早いかもしれない」


さっきみたいな苦笑いも、そんな悲しそうな微笑みも。
そんな表情で、プロポーズさせてしまうなんて。


「お兄ちゃんは、ああ言ってくれたけど……私はもう、責任とって、なんて言いたくないんです。だって、二人のことなのに、お兄ちゃん一人で背負うなんて変だもん」

「まゆり……」


あのホットミルクもパンケーキも、甘くて美味しい。
私はお兄ちゃんにすればまだまだ子どもで、あの頃と変わってないこともあるけど。
でも、私はもうお兄ちゃんに頼りっぱなしでいちゃいけない。
お兄ちゃんを、演技じゃなく「哉人さん」と名前で呼ぶなら。


「……そうだな。まゆりも大人。でもさ、大人だろうとあの頃みたいな子どもだろうと、前提は一緒だろ」

「前提……? 」

「好きな人と結婚するって、大前提。……あ、その顔。夢見てるって思ってるな」


好きな人と結婚したい。
当時の私はそのつもり満々だったし、今だって好きでもない人と結婚するつもりなんかないけど。


「そ、そんなことない……! でも、だから……」

「だから、まゆりがいい。俺は、そう思って申し込んでるよ。……まゆりは違った? それは、“まだ”違う? それとも、そんなの全然考えられないの“違う”? 」


正直言うと、まだ気持ちが追いついてない。
でも、私だって好きな人と結ばれたい。
その好きな人は、昔も今もこの人だ。


「……違わないです……」

「ん。いいこ」


自分の意見を言っただけなのに褒められて、ムッとしてアイスをスプーンいっぱいに掬う。
パンケーキの熱で解かされたアイスは、雑に口に運んでしまうととろりと唇から滴り落ちてしま――……。


「あ、っ……〜〜っ!?!? 」

「あ、甘……。朝からよく、こんなの入るな」


……わないで、お兄ちゃんが、お兄ちゃんの唇……いや、にしては感触が……。


「……って、まゆり? おーい。……え、これも早いのか……困ったな」


思考停止してる私を見て、この人何か言ってますけど。
聞こえてるのは聞こえてる。

――年上風吹かせるにーになんて、ずっと困ってたらいいんだ。