「……え……」


恥ずかしさと返事を聞く怖さでぎゅっと目を閉じかけた時、予想外の声がして恐る恐る瞼を開けた。


「え……? 」


お兄ちゃんらしくない声だ。
少なくとも、さっきみたいな艶めいた声とは結構違う。
勇気を出して告白したのに、何だか間抜けにも聞こえてしまって反応に困っていると。


「え……!? な、なんでそこでお兄ちゃんが赤くなるんですか。こ、告白したの私なんですけど」


見上げると、見たことない真っ赤になったお兄ちゃん――哉人さんがいた。


「……そう言うまゆりは、なんでそんな冷静なんだよ」

「そ、それはその……だって。断られるの、怖いが勝ってるから……」


冷静なんかじゃない。
いざ告白したら、お兄ちゃんの大人な対応にドキドキするよりも今は落胆が勝ってしまう。


「……はぁ……」

「あっ、また溜息を文字で……っ」


離れた腰をまたぐっと引き寄せられ、もう片方の手を壁について閉じ込められる。


「断る相手にキスなんかするはずないだろ。誰彼構わず責任とってるみたいな言い方するなよ」

「……そ、それは……そう。お兄ちゃんが、にーにだからでは……」


そりゃ、他の人にはこんなことしないだろうけど。
哉人さんがお兄ちゃんで、お兄ちゃんがにーにだからで、だからっていうか、そう言い張ってるからで……。


「……そうだよ。にーにだから、大人ぶってるだけ。お前が言うみたいな、大人の余裕なんかとは全然違う」

「……う、嘘。余裕じゃないですか。いつもいつも、そうやって上にいて。困ってる私を楽しんでるみたいに……」


壁ドンなんてして、腰も支えられて逃げ場を失くしたら。
こんなに私が動揺するって、分かってて。


「確かに、困ってるまゆりは可愛い。でも、上になんていないし、余裕なんて全然ないよ」

「だ、だから、そんなの嘘です……っ……!? 」


そんなことできるのは、落ち着いているからだ。
焦りなんて、衝動なんて、全然――……。


「そっちこそ、詐欺だろ」


一瞬、重なって、また離れて。


「もう、キスなんか慣れたって感じで」

「そ、そんなことあるわけな……」


また、塞がれて。


「ちっとも動揺しないどころか、そんな顔して好きって言うとか」


唇の感触がまだ消えないうちに囁かれて、見たらダメだって分かってるのにその目を見つめてしまう。


「……そんな顔されて、お子様扱いできると思う? 俺の方が、余裕なくて恥ずかしいよ」


それも哉人さんの、お兄ちゃんだからこその優しさ。
その判断は変わらないのに、嬉しくて頬がどんどん熱くなっていく。


「なんでって。急に女の顔されたから。男だって認識してくれたんだと思ったから。……言ってくれるとは思わなくて、嬉しかったから」


お兄ちゃんは分かってない。
ずっと、男の人だと思ってる。
それは子どもの頃から変わらなくて。
ただ――……。


「まゆりことが好きだから、だよ」


ただ、初めて手が届きそうに思えたの。


「ん。まゆりは、それでいいんだよ」

「……狡いし、ひどいです……」


真っ赤になって慌てふためいてるのを見て、安心されるなんて。


「お前より年食ってるんだからさ。ちょっとは、大人でいさせてくれないと困るの。……だから、あんまり余裕奪わないで」


私が大人になりたがるたび、お兄ちゃんもより大人でいようとしてたのかな。
そう思うと、ちょっとくすぐったくて。


(それなら、甘えてみてもいいかなぁ)


「……じゃあ、もう一回言ってください」


調子に乗って我儘を言う私に、お兄ちゃん……哉人さん……。


「にーに、ですもんね」


にーには笑って、希望に応えてくれた。
――キスもまた、プラスして。