「……お兄ちゃん、どうして……」


茫然とベッドにぺたんと座り込んで、ジトリとお兄ちゃんを見上げた。


「そういう約束だし、俺はそういう意識してるって言ったろ」


だって、まさか、こんな。


「恥ずかし過ぎるんですが……」

「だな。俺には、いい眺めだけど」


前なんてちっとも開いてないのに、そんなに眩しそうに見られると、思わずきゅっと胸元を握りしめてしまう。
いや、それよりも隠すべきは太腿だ。
何といっても、長さはそれなりにあるとは言え、白じゃ肌が透けちゃうんだから。


「……な、何もここまでしなくても……」

「だーめ。俺も、お前の話に合わせたんだから。今度はお前の番。……ん、いい表情」


そう言うお兄ちゃんは、ものすごく楽しそうですけど。
ちょっと意地悪で、なぜか満足げに私を見下ろしている。


「それ、演技? だとしたら、すごく上手」


――慌てて、側にあった俺の服着ましたって、気まずそうな顔。




・・・



「は? 奇襲? お母さんがですか? 」

「そう。まゆりが俺の部屋に入るとこ、何度も目撃されてるし。最近、わざとお前の送り迎え頼んでたからな。で、その最初の週末の今日、敵は必ず現れる」

「……お母さんが、息子を心配して乗り込んでくるだけですよね」


過保護……でもないのかな。
跡取りを心配して、痺れを切らしたってことなんだろう。
何もかも有望株のお兄ちゃんなら、もう少し待ってあげれば、本当に両想いの恋人ができて、そのうち結婚にも至るだろうに。
やっぱり、雲の上の世界の人は、その世界での大変さがある。


「なのに、俺には何も言ってこない。つまり、不意打ちを狙って、自分の目で確める気だ」

「はぁ……」


そりゃ、このままいくと、お世話になってる私はおばさんと鉢合わせする。
だからって、果たしてそう上手くいくだろうか。
ううん、おばさんの訪問だって、お兄ちゃんの予想ってだけだし。


「だ・か・ら、まゆりのミッション発動、ってこと。俺は元許婚と再会して、付き合って、無事……」


――昨夜、初夜を済ませました……だろ?


「しょっ……そ、それは、結婚してから使う言葉ですよ! 」

「でも、実際はそんなことないだろ」

「それはそっ……知りません……けど! 」


だとしても、そんな演技、私には難易度が高すぎる。


「何も、最中を演じろって言ってるわけじゃないんだから。とにかく、適当に話を合わせて」

「そ、そんなこと言われても……って、あ、当たり前じゃないですか……! それに、じ、状況が状況なだけに、それすら難しそうなんですが……」


未経験のことを、シナリオもなしに演技しろだなんて。
お兄ちゃんは、本気で私にそんなことできると思ってるの?


(キスシーンですら、あの仕上がりなわけですよ!? そんな無茶な……)


そんな演技力で、勘がいいだろう息子の母親を騙せるとはとても思えないんですが。


「大丈夫だって。お前は、その可愛い顔でそうやって困ってればいいの。それなら、できそうだろ? 」

「あ、つまり細かい演技しなくていいから、素であたふたしてろってことです……」


(そんなの、できなくていいし……!! )


「何か言った? ほら、見て。振込額。これ何だっけ? 何の何か月分、何の報酬で俺の口座から……」

「……家賃半年分!! しっかり……できるだけ、お勤めしますっっ!! 」


銀行アプリを見せられながら、歯ぎしりして叫ぶ。


「ん、よろしく。……可愛い許婚さん」


照れたのは演技か、本当なのか。
はぐらかすように頬にキスすると、とんでもない指示を出してきた。


「じゃ、それ着てみて。何となく、急いで着ましたって感じで」


真新しいシャツをクローゼットから出して、投げたりせずに私のすぐ側まできて、にっこり。
それはもう、照れなんて一切感じられない悪魔みたいな笑顔だった。