ふわりと舞い降りてきた、ブランケットの高級感あるほわほわで意識が戻ってきた。


「まゆりは、また寝てるの。……言っても聞かないんだから」


作業の道具一式を、テーブルのおしゃれさを損なうくらい広げて。
その上で突っ伏している私に聞かせるように溜息を吐くと、優しく頭を撫でてくる。


(……すみません。でも、今日は休みだから、目が開かなくても許して……)


邪魔だし、散らかしてるし、お兄ちゃんの優雅な休日を台なしにしてると思う。
分かってはいても、寝不足が祟って瞼が重いどころかぴったり粘着して開かない。


「……にーには“お兄ちゃん”じゃないって、何度言ったら分かってくれるんだろうな」


(そんなの、知ってますよー)


血の繋がりがあるなんて、本当のお兄さんだなんて、あの頃すら思ってもいなかった。
だからこそプロポーズしたっていうのに、何言ってるんだろ――……。


「はー、もう。何度、にーににお仕置きさせてくれるんでちゅかね。……っしょ」


――う……!?!?


「あ。やっぱり、起きてた。何なの。お仕置きされるのが好きなの? ……それとも」

「……い、今起きたんですよ!! そりゃ、抱っこ……いきなり抱き上げられたら、さすがの私でも目を覚ましますから……!! 」


「それとも」の続きを言わせない為に噛みつくように被せたのに、お兄ちゃんにはちっとも効かない。


「あ、分かってる分かってる。甘々されたくて煽ってる方……」

「ちっ、違いますよ! どっちも絶対、盛大に違います!! 」


それどころか、穏やかでどこかこそこそ囁くような声なのに、重ねてくる声の方がこんなにも強い。


「それと。抱っこ、じゃないだろ。これは、お姫様抱っこって言うんです」

「……知ってますー! だから、降ろして……っ」


お兄ちゃんこそ分かってない。
幼い私は、何の根拠もないお気楽な自信に満ち溢れていたけど。
成長した私は自信ゼロ、自己肯定感ゼロ、経験ゼロ、妄想力無限大というステータスなのだ。
そんな女子をそのスペックでお姫様抱っこなんてしたら、一体どうなると思ってるの。


「はいはい。これに懲りたら、ちゃんとベッドで寝ること。休みの日までうるさく言うつもりないんだから」

「……すみません。でも!! 重いんですから、抱っこなんてしないでください。どういうお仕置きですか……」


そっと――でも、あっさりとベッドに降ろされて、声が萎んでいくのはなせだろう。


「お姫様抱っこな。まあ、確かに、思ったよりは重かった」


(……ぐう)


音にならなかったのは、抱えられただけすごいと単純に思ったのと、正直な感想を口先だけで求めてしまったのは自分だから。


「記憶では、もっと小さくて軽かったから。今のまゆりは大人だって分かってても、覚えてる感触はどうしてもあの頃のままだからな。……だから、嬉しいよ」


私はどうだろう。
お兄ちゃんよりも子どもすぎて、そんな記憶ですらぼやけてる。
だから、触れられるのも触れるのも新鮮で、ドキドキしておかしくなりそう。


「目覚めたなら、朝ごはんにする? あー、俺もまゆりが作ったの食べれる日は来るんだか」

「……来ない方がいいと思います」


お兄ちゃんが完璧すぎて、もういっそ何もできないズボラだと思われていたい。
事実だし。

「ま、いつか、たまーにあったら期待しとく。はい、おはよ。それから……」


今度はどんな意地悪が続くのかと身構えると、笑ってそっと額に口づけられた。


「お疲れさま。あんまり、無理するなよ」


テーブルの惨状を叱ることも、嘲笑うこともなく。
言い聞かせるようにゆっくり優しく言われて、お兄ちゃんがキッチンに向かって、目に映るのがお兄ちゃんの背中になった頃。

じんと、瞼と鼻の頭が熱い。