その日の夜も、スミレさんは閉店前にラファロに戻ってきた。

もう客はおらず、オレ達は後片付けを始めることにした。


仕事中は必要最低限しか話してくれないスミレさんだけど……

誰もいない二人っきりの時は違ってた。


オレの話すくだらない話に
時々小さな笑い声を上げてくれたり、時には自分のことも話してくれた。

まるでこの店でいつも流れているジャズみたいだと思った。

彼女の話す声は、温かくて、柔らかくて……いつもオレの心臓を震わせる。




「スミレさんて、苗字は何ていうんですか?」


ふいに、前から気になっていたことを尋ねてみた。


「え?」


床のモップがけをしていたスミレさんの手が止まった。


顔をあげて、しばらくオレの方を見てから、プイと目をそらす。


「できれば……言いたくないんだけど」


「へ?」


苗字を言いたくないって?

どういうことやねん。