「まじか……」

 尊敬の意も込めて、俺は感嘆の息を吐いた。

 俺の持っている厚い封筒には、大きな文字で天宮高等学校編入試験合否通知と書かれていた。

 気になって開けたところ、最初の文面には合格と厳かな字で書かれており、次の紙には時都妹の成績が記されてあった。

 もちろん合格なので八十点は越えているだろうと思い、軽い気持ちで見てみれば、まさかの全教科九十点台。しかもそのほとんどが九十五点を越えており、数学は百点。

 編入試験は完全個室の全四台による監視カメラを設置された中で行われたので、カンニングはもちろん、不正な行為など無駄に等しい。

 つまりこの点数は時都妹の実力ということになる。

 だが俺は不思議でならなかった。今回の編入試験はほとんどが高校一年生の超難問で構成されているはずだ。だが時都妹はそもそも九ヶ月も昏睡状態に陥っていたので、その間勉強は一切していない。

 なのにこの好成績。謎でしかない。だが採点が間違っているとは考えにくい。あの天宮はそんなヘマをするような学校でないことを知っているからだ。

 そういえば、と俺はある日のことを思い出した。時都妹が学校から帰って来た後に何をしてるのか興味があり、俺はこっそり時都妹の部屋を覗いたことを。

 時都妹は学校の図書館で借りた本を読んでいたのだ。気になって夕食の後に宿題をしたのかと訊くと、あと一週間分の宿題は休日に終わらせたのだと言っていた。

 だが時都妹たちの通っていた学校は天宮には劣るも、かなりの進学校だ。夕莉によく宿題を手伝ってほしいと頼まれたことがあるので俺は知っている。一日の課題量は半端じゃなかった。

 しかも読んでいた本は二年生から習うものだった。一年生の勉強はしないのかと尋ねると、去年に予習は全て終わらせたと言ったのだ。

 嘘かと思い、いくつかの質問をすれば、完璧な回答が返って来た。しかもその中には二年生で習うものも入っていたと言うのにだ。

 そこまでして一生懸命に勉強する理由は、あの時はよくわからなかった。だが今ならわかる。時都妹は確実に時都茜よりも低い点数を取るために人一倍勉強し、理解し、それを実現していたのだ。

 時都妹は天才ではない。

 架瑚と同じく努力家なだけだ。地頭や理解力は生まれた時からあったのかもしれない。いや、あったのだろう。

 だが、それ以上に誰よりも苦労をしている。架瑚の場合は次期当主としての期待と圧を。時都妹の場合は姉よりも劣ることの強要を。そして俺も……みんな、人とは違えど何かを背負って生きているのだ。

「あーあ、にしてもそんな時都妹を見習って、夕莉も勉強頑張ってくれないかなぁ」
「ひどい夕夜っ! 私だって頑張ってるもんっ!」
「・・・」
「あ、ちょっと夕夜っ!」

 突然現れた妹から逃れるため、俺は全力で逃げる。だが案の定、異変を察知した夕莉は追いかけて来た。

 もちろん三歳差だし、男と女の違いだ。俺は普通に逃げ切ることができる。だがその後が大変だということを俺は知っている。

 少し手を抜いて走るとすぐに夕莉は距離を縮め、俺を捕まえた。

「ちゃんと謝って!」
「俺が悪かったです、ごめんなさい」

 もちろん悪いだなんて微塵も思っていないので、俺は棒読みだ。

「夕夜、丁寧に! もっとていね……あれ、それ何?」

 すると夕莉は俺の持っていた封筒に気づく。

「ん? あぁこれか。時都妹の編入試験の結果だよ。合格だってさ」
「すごい藍! やったやった! 合格だ!」
「これで晴れて夕莉だけ天宮じゃなくなったな」
「……あああぁっ! それは嫌!」
「ふっ、残念だったな」

 俺は夕莉を鼻で(あしら)う。

「なっ! 夕夜ひどいっ!」
「ひどいのはお前のここだろ」

 俺は頭を指さしてそう言う。

「むぅ……! もう夕夜なんて知らない!」
「あ、ちょっとおいっ!」

 夕莉は俺の手から封筒を抜き取ると走り出した。遠くから「藍〜!」と時都妹を呼ぶ声が聞こえた。夕莉はおそらく居間に向かったのだろう。

(仕方ない、俺も行くか)

 単純な妹に呆れつつも、俺は朗らかな気持ちで夕莉の後を追った。