「いい思い出だと思って、前に進まないとね」
面接に向かう身支度をしながら、鏡に映る自分に声をかけた。

今日の面接で仕事が決まれば、また忙しい日々が始まる。
そのうちにハサンの顔も忘れるかもしれないけれど、遠く中東の地で素敵な恋をしたことは絶対に忘れないだろう。

ブブブ ブブブ。
スマホの着信。
相手は就職を紹介してくださった部長さんからだった。

「もしもし」
面接当日の電話に少しだけ嫌な予感を感じながら、私は電話に出た。

『水野さん、悪いんだけれど面接の時間を変更してくれないだろうか?』
「え、時間ですか?」

今日の面接は、午前9時から三石商事本社でと聞いている。
そのつもりで用意をしていたのに・・・

『色々と事情があって午後の2時にお願いしたいんだが、どうだろう?』
「ええ、私はかまいません」

でも確か、今日の午後から部長さんが海外出張に向かうから朝の早い時間がいいと言われていたはず。

『悪いねえ、急な変更で申し訳ない』
「いえ、でも今日から部長さんの出張があると伺いましたが、大丈夫なんですか?」
『ああ、面接には私は同席できないんだ』
「そうですか」
『大丈夫だよ、君のことはちゃんと推薦してあるから。2時に受付へ声をかけてくれ』
「はい」

部長さんの同席がないとなると多少心細い思いはあるけれど、とにかく頑張るしかないだろう。