唇から始まる、恋の予感

「いただきます」

スマホで動画を見ながらのランチも、人がいないからイヤホンは不要だし、地味なお弁当も隠さなくて食べられ、何より食べる姿を見られなくてすむ。
私は、ある目標のために無駄なお金は使わず、節約していた。
人混みが嫌いだし、人に会いたくない私は外食もしない。服はブラウスとパンツのスタイルで、入社からずっと変わらない。

「ふふ……おもしろい」

最近、同じ年代の女性がひとり旅をする動画とてもおもしろくて、ハマってしまっていた。目的を達成したら、私も一人旅に出よう。最初はどこからがいいだろうか。

「おもしろいか? 相変わらずここで食べてるんだな」
「ぶ、部長……」

慌てて立ち上がってしまい、お弁当箱やら水筒やらが膝から転げ落ちて、静かなリフレッシュコーナーは、ガチャガチャと金属音が響いた。

「悪い、いきなり声をかけてしまって」
「だ、大丈夫です」

慌てて拾うけど、部長も一緒に拾い集める。恥ずかしいったらない。

「悪かった」
「お気になさらず。あの、私は終わりましたので、どうぞお座りになってください」

荷物を抱えてその場を離れようとしたとき、部長に腕を捕まれた。

「え?」
「行かないで……ずっと会いたかったんだ」
「……え?」
「ずっと会いたかったんだ。アメリカにいた5年間、ずっと白石に会いたかった」