唇から始まる、恋の予感

一度崩れてしまったものを、元の状態に戻すのは私の苦手とするところで、誰とも接しなかった時の生活に戻すには時間がかかった。
自分の気持ちを確信すると、離れたくない気持ちが湧き上がったけど、冷静に見ている自分もいる。コミュニケーション能力が欠落している私に、人と付き合うどころか、男の人と付き合うなんてもってのほか。
部長が私に向けてくれた思いやりも、私は返すことが出来なかった。

「人に優しくするってどういうことだろう」

何かを手伝ってあげたり、気遣う言葉をかけることが優しいのか。優しさを目みえる形で与えてあげることが優しいのか。優しさの定義は難しいけど、ただ言えるのは、自己中心的な私に、優しさを語る権利はないということだ。

「ジュース一本買うのだって、どんな味が好きで、どんな味が嫌いか、炭酸は飲めるのか、苦手なのかとすごく考えたんじゃないかな」

キッチンで部長が渡してくれた、ブドウ味のペットボトルを洗いながら考える。
コンビニでウロウロしながら眉間にシワを寄せて選んだに違いない。

「私にはそこまで思ってもらえる資格はないのに」

もう次はないと思うと切なさがこみあげるけど、そんな自分勝手は許されるはずもない。

「もう前に進むしかないから」