唇から始まる、恋の予感

「真弥さ~ん、大東部長がきましたよ~」

秘書はスキップして行った。確かに広すぎる家だが、家の中でスキップをする大人は見たことがない。五代はおもしろい女を彼女にしたようだ。スキップ彼女の後をついていき、リビングへ通されると、社長とは思えない姿の五代がいた。

「お、来たか」
「お邪魔するよ」

五代は腰から下の長い黒のエプロンをつけ、水越を隣にいい男ぶりを発揮していた。リビングには一目で分かる豪勢な料理がならび、プロさながらの盛り付け方だ。
せいぜい作ってカレーライスの俺とは大違いだ。

「うまそだな」
「そうなんですよ、すっごく美味しくて、太っちゃいました」
「沙耶は少しくらい太ったほうがいいぞ」
「そう?」
「そうだよ」
ふふふと水越が笑うと、五代は水越の頭を撫でた。
俺の歓迎会なのか、仲の良さを見せつけるための食事会なのか、白石とのことに悩んでいる俺がいるのに、イチャイチャしやがって。

「ほら、ワイン」
「お、これうまいよな」
「食べましょ、食べましょ」

五代がワイングラスにワインを注ぎ、乾杯をする。

「お疲れさん」
「お帰りなさい、大東部長」
「ありがとう」

うまいワインを飲み、気の置けない友人と食事を楽しむ。こんな時間を彼女は持っていたのだろうか。

「水越さんは白石と同期だって聞いたけど」
「そうなんですよ。正直うちって、新入社員も多いから全員の名前と顔は覚えていませんけど、白石さんは私がおトイレで落としたハンカチを拾ってくれて、渡してくれる時に、ホコリを落とすようにハンカチをパンパンって叩いて渡してくれたんです。気遣いのある優しい人だなって思って、覚えてたんですよ」

と、いい話をしてくれているのに、食べる手と飲む手は休めない水越。右手は箸、左手はワイングラスと器用に使いこなしている。気取りがなくていいが、隣に座っている五代が、水越に料理をとりわけして尽くしているいる姿をみると、おかしくてしょうがない。