泣き止まない私に困った部長は、自動販売機でコーヒーを買って私に渡した。

「甘いコーヒーは落ち着くぞ」

更に泣くような優しい言葉まで付け加えて、私はどんどん悪者になっていく。私は気持ちが収まらず、どうしようもないほど部長が恋しい。

「少し見ないうちに雰囲気が変わったね。めがね……外したんだ」
「はい」

こんな言葉を言われたら、以前の私は発作を起こしていただろう。今は私の変化が分かってくれたことがこんなにも嬉しい。

「お昼休憩中に悪かったね。お土産を渡そうとしたんだけど、個別に渡すにはここに来るしかなくてね。たいした……」
「部長にお話しがあります」

気持ちが急いてしょうがなくて部長の話を遮って私は言った。

「……何かな」

何を言われるのだろうと身構えている感じが伝わる。それもそのはずで、私が話があるという時は、部長にとっていい話じゃなかったからだ。

「ずっと部下と上司の関係だったのに、何もなかったらずっと上司で私は部下でした。それを部長が壊したんです」
「……」
「だけどもう、これ以上、上司と部下の関係でいるのは無理みたいです」
「……!」
「私は……部長が好きです。部長がいなかったら私の時間はずっと止まったままでした。人を好きになることで違う人生があるなんて知らなかった……対人にまだ恐怖心もあるけど、私にめがねは必要じゃなくなったんです。どんなことが待ち受けていようとも、部長がいれば乗り越えていけるような気がして」
「―――一緒に乗り越えて行こう……白石が倒れそうになっても抱きしめて守るから」

私と部長の間に少し距離があったけれど、いつの間にかその間合いは詰められていた。

「5年間も離れていた時は全然平気だったのに、たった一か月離れていただけで、胸が張り裂けそうで、会いたくて、会いたくてアメリカに行ってしまいそうでした」
「白石」
「でも、あんなひどいことを言った私に、部長を好きになる資格はあるのでしょうか……それでも初めて芽生えた気持ちを大切にしたくて伝えるって決めていました。たとえそれが部長にとって迷惑だったとしても……ただ……伝えたくて……それだけで……」

部長とどうにかなろうとかそういうことじゃなくて、ただ伝えたかった私は、そのことを最後まで伝える前に、部長に抱きしめられた。

「白石……俺と初めての恋愛をしよう……」
「部長……」

部長の指が私の頬をぬぐう。止めどもなく流れる涙は、部長が止めてくれた。ちゃんと部長を見つめて私の瞳に映す。いつもうつ向いていた私じゃない。

「愛してる」

そう部長が言って、私にキスをする。
初めてのキスは涙の味だった。
少女じみたことを言うようだけど、初恋はレモンの味と聞いたことがある。
確かにすっぱくて、痛くもあったけれど、その酸っぱさは今のキスからは感じなくて、むしろ部長の情熱を感じる。私はそれを全身で受け止め、それに答える。
私はこれ以上ない幸せを感じていた。