唇から始まる、恋の予感

ドキドキした。こんなに心臓がドキドキしたのは初めてのことだった。
瞬時に私が思った会いたいと、部長が言った会いたかったは、別物。特別なことじゃない、勘違いをしてはいけない。あの時の二の舞はごめんだ。
私なんかがそんなことを思ったら罰があたる。

「ここで一人で昼を食べているんだろうな、嫌なめにあっていないだろうかと……。寂しくないだろうかと……。それが気がかりだった」
「な、、何を言っているんですか?」

部長は私がここで昼休憩をとっていることを知っていた? それを思うと身体が震えて、痺れがで始めていた。呼吸も速くなり、久しぶりにあの症状が現れる予兆だった。会社で倒れるわけにはいかない。
捕まれた腕をふりほどいて、私は走り出した。

「白石!」

平凡に静かで、私という存在は空気でありたいと願って生きてきた。
それは私にとって幸せで、何より傷つかない方法だったから。それなのに部長が赴任したせいでその日常が一変した。それも赴任初日で。お世話になった人だったから、懐かしく会いたい気持ちはもちろんあったけど、私と部長の会いたいは違う。