料亭の裏口からそっと顔をのぞかせた。

「だれもいません」

 後ろにいるおじさんに小声で合図すると、おじさんはうなずいて先に外へ出た。私もそのあとに続く。

「本当にすまない。なんとお詫びすればいいか……」
「おじさんだって被害者じゃないですか」

 おじさんは深々と頭を下げた。土下座でもしそうな勢いだったので、私は慌ててしまう。
 おじさんだってなにも知らされず、騙されるようにして自分の持ちものであるこの料亭に連れてこられたんだから、おあいこだ。

「母にはよく言っておく。君のお父さんにも、金は地道に働いて返すようにさせる」
「……あの人は他人です」

 自分でもびっくりするほど冷たい声が出た。
 おじさんは軽く目を見開くと静かにうなずき、私から見て右側の道を指差した。

「ここをまっすぐに進めば大通りに出る。そこから左に向かえば歩道橋があるから、そこを渡ったところでバスに乗れるはずだ」
「本当にありがとうございます。荷物まで取り返してもらって……」
「礼はいいよ、早くここから離れて──」

 おじさんの言葉が止まった。不審そうな目が私の後ろをに向けられてるのを感じて、私は振り返った。

「昂志……!」

 よかった、暗号は伝わってたんだ!
 私は彼の胸に抱きつく。幻覚じゃない、本物の昂志だ。
 安心からか、涙が勝手にあふれてくる。
 ぐしゃぐしゃの顔を見られたくなくて、私はシャツに顔をうずめた。

「静波、今度は俺が守るよ」

 その言葉と同時に、背中に回った腕が強さを増した。