「うげ、昂志」
「静波ぁ、ちょうどいいところに!」

 木城昂志(きしろたかし)は、幼なじみの姿を見つけて目を輝かせた。
 反対に、鐘石静波(かねいししずな)は嫌そうな顔を隠そうともしない。
 ここ日生堂(ひなせどう)高校では、ほぼ毎日のように行われている会話だ。もはや日常風景と思われているので、誰も気にとめたりはしない。
 みんな廊下を行ったり来たりして、慌ただしく帰りのホームルームの準備に追われていた。

「ね、お願いしますよぉ! 神様仏様生徒会長様ぁ〜」

 木城昂志はタレ目をさらに下げて拝むように、目の前の美少女に頼みこんだ。

 「タレ目と泣きぼくろが似合ってて色っぽい」「気だるげな感じが大人っぽい」とか言われまくっている男とは思えないほど情けない。奴にきゃーきゃー言ってる後輩の女子たちに見せてやりたいもんである。

「……」

 鐘石静波は、木城のちょっと涙声のお願いを無視して教室に入ろうとする。鬼である。まごうことなく悪魔である。ところでこの“まごう”って“まご”を“紛”って書くんだな。紛らわしい、とかで使う“紛”。おれずーっと“孫”だと思ってたよ。

「待って、待って! 俺、お前に見捨てられたら生きていけない!」

 木城は鐘石の腰にガシッと手を回した。そのまま邪魔にならないよう、廊下の隅の辺りまで引きずっていく。鐘石は、眉間にこれでもかとシワを寄せながら木城をひっぺがそうとするも失敗に終わった。