「そろそろ、この手」
「あ、悪い」

周りに社員もいなくなったし、さすがに気まずい。

「色々証拠を集めてくれたんだね」
「…あれだけ篠田からメールが来ればな」
「そんなに?」
「深夜三時に始まって、二時間おきに何通も送られてくれば、嫌でも起きるだろ」
「サイレントとかバイブにしておけばよかったのに」
「仕事柄、いつでも出れるようにしておかないとならなくて」
「そうだったんだね。……ごめんね」
「鮎川が謝ることじゃないだろ。そもそも、俺が勝手に口走ったのが原因だし」

多少なりとも、自分が発したことは気にしてくれていたようだ。

「今日、何時上がり?」
「今日?……十八時過ぎには上がれると思うけど」
「じゃあ、メシ食いに行かない?」
「別に構わないけど。でも、瞳はネイルサロンの予約入れたって言ってたような…」
「いや、同期メンバーでじゃなくて、俺ら二人で」
「え?」
「情報のすり合わせっつーか。俺ら、少し時間の共有が必要じゃね?」
「あー、うん」
「終わったらメールして」
「……分かった」
「それと、……これ、土産」
「へ?……ありがと」

鞄から取り出したのは小瓶に入ったメイプルシロップ。
カナダのお土産らしい。

「じゃあ、またあとでな」

何事もなかったようにその場を去る楢崎。
嵐のように現れ、嵐のように去って行った。


部署に戻る途中。
製造部や業務部の人達が『応援してます』『素敵な彼氏さんですね』だなんて声をかけて来た。
すっかり楢崎信者になったかのように手のひらを返した態度に、私は苦笑しか出来なかった。