「ごめん、急に来てっ」
「ッ?!!……どうしたの?」
玄関ドアが閉まった瞬間、彼女を背後から抱き締めた。
鮎川が他の男と一緒に歩いてるのも。
俺以外に笑顔を向けるのも。
あの辛い過去を他の誰かに話すことも、全て嫌だ。
我が儘だって分かってる。
独占欲の塊だって知ってる。
だけど、どうしようもないほど、焦るんだ。
「自分が、鮎川にとって特別な存在だと自惚れてた」
「……え?」
「奴との辛い過去に向き合う場に居合わせたという事に慢心してた」
「……っ」
「優里奈……あいつは幼い頃からずっと兄貴一筋で、ここ数年でやっと吹っ切れたんだ。それに俺はあいつのこと、何とも思ってない」
「……」
「仕事で一時帰国してるだけだし、もう来るなって言ってある」
「……別に」
「あいつの家、結構金持ちで、プライドが高いっつーか、ちょっと上から目線な所があるし、言い方もきつめだから、嫌な思いさせたと思う。それはホントに平謝りするしかできない。……すまない」
抱きしめる腕を解き、誠心誠意頭を下げる。
「……私も説明しなかったのが悪いから」
「鮎川は何一つ悪くないっ」
こんな時まで鮎川は俺を責めたりしない。
いつだって自分の気持ちを後回しにして、言いたいことをぐっと堪えているのだろう。
「隣りの家の男と仲いいの?」
「へ?……湯川さん?」
「湯川って言うんだ」
表札は部屋番号だけで名前はない。
「顔を合わせたら挨拶する程度だよ。今日はたまたまスーパーで行き会ったから、重い方の荷物を持ってくれただけ」
「……けど、あいつの話をサラッとしてただろ。もう鮎川の中では何ともないの?」



