「火恩寺君、待って!」
「姐御?」
 わたしがそう言うと火恩寺君は行動を止める。

「こ、ここで逃げて良いの?悪いことしたのに逃げちゃうんじゃ、1年の頃と何も変わらないね!修行とか言ってもそんなの口だけだったんじゃないの!」
 足をがくがくさせながら、わたしは言う。

 ああ、殴られたらどうしよう、怒鳴られても怖いな、ああ、あああ。
 そんな心を抱えているのを火恩寺君は気づいているのかいないのか、わたしの言葉に表情を引き締める。
 神妙な面持ちで火恩寺君は口を開いた。

「分かりました、姐御。そうですよね、ここはしっかり折檻を受けてまいります。それでこそ漢だ」
「う、うん。せっかん?」
「俺は漢になって来ます。姐御にふさわしい奴になれるように」
 そう言うと、わたしの前にひざまずいて一礼した後、先生達のほうへと駆けていった。
 それはもうものすごい勢いで。

「先生達、倒されそうな勢いだね」
「だ、大丈夫かな」
「でもま、とりあえず、わたし達は逃げよっか」
「え?でも……」
「ミサは、今日すでに絞られちゃってるし、器物破損したのは火恩寺君だしね。逃げるが勝ち!」
 そう言ってまほりは重そうな手さげをいとも簡単に持ち上げると、さっさと東屋から出て行ってしまう。

「え、まほり!」
 わたしもお弁当箱入れと幸太郎を抱えながら、後を追った。
 何なの、この出来事のごった煮状態!?

 穂波君に告白されるわ、幸太郎にキスしようとしたら火恩寺君は帰って来るわ……。
 明日学校に来るの、すごく嫌だな……。
 それもこれも魔法のせいなの?

 今まで気づかなかった誰かの思いに、わたしが気づく魔法がかかってしまったから?
 だとしたら、そんなの余計なお世話だ。

 でも、今までの恋愛のれの文字も意識しなかった日常が正しいのか、今のわたしには正直分からない。
 何にしても、たぶんもう、わたしの周りに『変』の種は蒔かれてしまった。
 現場から逃走しながら、わたしはそう思っていた。