合宿所の入口にたどり着くと、非現実的な光景がわたし達を歓迎してくれた。
 見ると、噴水ががうんがうんと揺れながら、四方に向かって水を飛ばしている。

 中庭の木々がのしのしと行進をはじめている光景も遠目に伺えた。

 そして、何より驚いたのは、建物の側面に大きく開いた穴から、黒い影に様な舌が伸び、生徒を巻き取って穴の中に放り込んでいる光景だった。

『なるほど、確かに暴走しているようだ』
 龍は、いたって冷静だ。

「なるほど、じゃないよ!どうにかしないと……!」
『どうにかとは?』

「この暴走を止めないと!」
『だが、どうやるというのだ?我には最早少したりとも力は残っておらぬが……』
「けど……」

 そこまで口にした瞬間に、ある女子生徒に例の黒い舌が伸びるのが見えた。
 こうなったら、力がないとかどうとか言ってはいられない。
 わたしは、女子生徒の前に飛び出し、彼女を後ろ手に庇う。

 すぐに、黒い舌が巻きついてくる感覚があった。
 わたしの顔全体、身体全体を黒いものが覆う。

 暖かくも冷たくもなく、ただただ何かが触れているという不思議な感覚に包まれる。
 このままあの大きな穴に飲み込まれたらどこに行くのだろう?
 飲み込まれてしまった他の生徒達に会えるのだろうか。

 半ば降伏状態でそんなことを思ったとき、熱風が吹き、わたしを包んでいた不思議な感覚が消えた。

 何が起こったのだろう?と瞼を開けると、琥珀色の気流が渦を巻いて一箇所に集結する光景が目に入ってきた。
 そして、その渦はある青年の手の上にあった。

 いや、「ある青年」なんかではなくて、具体的に、火恩寺君の手の上にあった。
 ほどなくして、気流がおさまると、火恩寺君は集まった琥珀色の何かを糸を巻くように回して、手の中に集める。

 周囲を見渡せば、暴れていた建物も噴水も何かもかもが元通りになっている。
 そして、恐らく飲み込まれていたのだろうと思しき、数人の生徒がその場に倒れていた。『なるほど、火恩寺の者の力ならば可能であったな』

 いつの間にわたしの肩に乗っていたのやら、龍が肩の上でそんなことを呟く。
「火恩寺君が暴走を止めてくれた……?」
 わたしの言葉に、火恩寺君がハッとしてこちらを一瞥する。

 それから、
「い、今のはなんだったんだ……?」
「おさまった?」
 その場にいた生徒達が我に返り、火恩寺君に訝しげな視線を送り始めると、火恩寺君は、面倒はごめんとばかりに、一足飛びでその場から消えてしまった。

『追うぞ』
「どうやって?」

『先ほど鎮めた我の力を、奴は手に持っておる。その気配を追うのだ。あちらだ、行くぞ』
「え、ちょっと!」
 問答無用で飛び立った龍の後を、わたしは追うことにした。