『いや、あれは消えてはおらぬよ』
 何でもないように龍はそう言った。
 けれど、それはわたし達の目を丸くさせるには十分すぎた。

「え?今なんて……?」
 幸太郎が消えてないと言っていなかった?

『横堀とは赤い焔のことであろう?あの者は消えておらぬと言ったのだ』
「で、でも、ここにはコータローはいないよ!?」

『うむ。ここにおらぬが、消えてはおらぬのだ。そこの娘が我の力を使ったが故に、少々遠いところへ飛ばされてしまったらしいが……。我にはあの焔の熱を感じられる』
「少々遠いところ?」

『魔界だ』
「……」
「わお」
「ふふっタイムリーだね」

 ああ、出てきたよ、魔界。
 数分前には、魔界なんて言われても、わたしの出番じゃないって一蹴したはずだった。

 そして十日近く前には、永遠に関係のない世界だったはずなのに……どうしてこうなってしまったのだろう。
 ただ、ここでその現実を受け入れてしまえばきっと、大変なことが待っているに違いないのだ。

 だから、
「少々どころじゃなぃぃぃ!めちゃくちゃ遠いじゃない!何で魔界が出てきちゃうわけ?何で魔界とか言っちゃうわけ?そうなったらもう魔界にコータローを助けに行くぜ!みたいな展開になっちゃいそうじゃない!そんな大変な展開いや!断固拒否!」

 目一杯感情を込めて無駄な抵抗をする。

『い、いや、まだ何も言ってはおらぬが』
「今まで色々あったんだね、ミサ……」
「現実って意外に厳しいものだよね……」
 まほりと戸田さんは二人して、哀れみの視線を向けてくる。

「そ、そんな目で見ないでぇぇ!」
『落ち着くが良い、娘よ。お前が魔界に行く必要などない。我が力であの者を呼び戻せば良いのだからな』
「ほ、本当に?わたし、魔界を大冒険しなくていいの……?」
 ついついすがるような目で龍を見てしまうと、龍はらしくもなくたじろいで、目を泳がせる。