「それより、ミサ。何でコータロー君抱っこしてるの?」
「何でって……、ああ、さっき落ち込んでたから無理に連れてくるために」
「そうなんだ。でも――」
 まほりの目線が幸太郎をまっすぐ見る。

 幸太郎はぴくん、と身じろぎするとまほりの視線から逃れ、わたしの胸の方に隠れる。
 何だって言うんだろ?
「元々人間の男の子だったコータロー君が、ミサに抱っこされるとドッキドキじゃないのかな?」
「え、何で?」
「何でって。ミサの胸が――」
『キャンキャンキャン!』
 唐突に幸太郎が吠える。
 そのあんまりのわざとらしいタイミングにわたしは全てを悟った。さっきのにやりの意味も。
 そのあと急に張り切りだした態度の意味も。

 わたしは自分の心がすうっと冷えしまっていくのを感じた。
 その心の冷えを眼光に変えて、幸太郎を射抜くと、幸太郎はマルチーズだけれどチワワのようにプルプル震え始める。
『ミ、ミサキ。たぶん、すっげぇ誤解があると思うんだよなあ……。はははっ』
「全て吐き出してご覧なさい。言い訳はそれからです」
「ミサ、キャラ変わってる。何キャラ?」

『じょ、女王サマか……?』
「女王でも何でも言い!さっさと吐けぇぇ!」
『ひぃぃ。すみませんっ!ミサキのおっぱい近くてラッキー、ちょっと触ってもバレてねぇって!』
「エロ犬飛んでけぇぇぇ!」
 おもうさま振りかぶって、犬を投げた。

『言い訳聞いてねぇ!』
 犬を投げてはいけません、動物虐待になります。でも、中身がわたしの幼なじみ横堀幸太郎だったら、つい投げちゃっても可。
 幸太郎はまほり家の、斜向かいの家のミニ菜園へと落ちていった。
「ミサ、すっごいパワー」
 まほりはひゅうと口笛を吹く。

『おっぱいくらいで、ひどい、ひどすぎる……』
 幸太郎はよろよろとこちらに戻ってくる。
 白い毛がすっかり土まみれだ。
「だまらっしゃい!エロ犬!半径200キロ以内に入ってこないで!ていうか日本列島から出てって!」
『そんなの無理だっつーの!』

 それから、ちょっと静かにしてくださらない、犬のしつけがなってないのねぇ、なんて、まほりのうちのお隣さんから苦情が入り、わたしたちは、収拾をつけるほかなかったのだった。