すると、そこには、
「しー」
 唇の前にひとさし指をかざす穂波君がいた。

 それから、穂波君は視線を左右のコンクリート間から伸びる光の方向へ向ける。
 どうやら穂波君は、わたしを塀と塀との間に連れ出してくれたみたいで、隙間からは例の男性がぶつぶつと何か呟きながら、去っていくのが見えた。

 男性の姿が見えなくなったところでわたしは口を開いた。
「穂波君、ありがとう。もう捕まっちゃうかと思った」
「大したことじゃないよ。カズヒコが戻ってきて、操られていた人をほぼ一掃したおかげで、たまたま先回りできただけだし」

「一掃……」
 とっても怖い響きなのはなぜだろう。わたしの若干の怯えが伝わったのか、
「大丈夫だよ。男は気絶させて女の人は脅かしただけだから」
 穂波君はそうフォローをしてくれる。

「いや、十分怖いけどね……」
 穂波君の大丈夫のレベルはわたしには高すぎる。

「でも、このまま逃げ回っているわけにはいかないね」
 そう言いながら、穂波君はわたしの方を見る。そして何かに反応して視線をそらすと、自分のサマーパーカーをおもむろに脱ぎ始める。

「なっ、穂波君!?」
 穂波君まで色ボケ龍に感化されたのか、と思い、身構えようとすると、
「じゅばんのあわせが崩れてるから……これ着てて」
 そう言い、視線を泳がせながら、パーカーを羽織らせてくれる。

 自分で見てみると、片方の襟ぐりだけ異様に盛り上がっているというとんでもない着崩れ方をしていた。そのせいで、胸の辺りが危険な感じにはだけている。
「あ、ありがとう」

 パーカーのチャックを上までしめ、それからパーカーの下でお腹の辺りの布を引っぱって、着物を整える。
 あーもう、何やってるんだろ。気まずい。非常に気まずい。
 しかも夕闇の中で二人きりというのも、気まずさを助長している。