「そのような約束があったな。しかし、理想と現実はえてして違うものだ。そのドックブルーとやらと夫婦になったとして、お前が幸せになれるとは限らないだろう。ならば、我と夫婦になっても同じことだ」
「何その変な理屈……」

「さあ、来るのだ!」
 やにわに立ち上がって、松代君がこちらに迫ってくる。
「イッセイ、ふざけるのもいい加減にしろよ!」

 幸太郎が間に入って、松代君を止めようとするが、
「邪魔だ」
 松代君が一振り、腕を振っただけで舞台の柵のところまで飛ばされてしまう。

「コータロー!?」
「いてて……何でそんな怪力になってるわけ?」
「中身がイッセイじゃないからだよ。それにしても、こんなときに一番の武闘派がいなくてどうするんだか……」
 穂波君がそう言いながら、わたしの前に進み出る。

「娘、我の元に来るのだ。さもなくば、最終手段を使うことになる」
「最終手段……?」
「ああ、そうだ」
 口元を歪めて、松代君は、その顔に宿ったのを見た事のないくらい邪悪な笑みを浮かべる。
 薄い唇が紡いだのは、
「皆のもの、この娘を捕まえ我の元へ献上するのだ!」
 というのっぴきならぬ言葉だった。

 そして、
「皆ものって?」
 とまほりが問いかける間もなく、
「イッセイ、ちょっとごめん」
 穂波君は一足飛びに松代君の懐に入ると、鳩尾を拳でえぐった。

「ほ、穂波君……?」
「うわ痛そう」
「黙ってもらったよ。本田さんと夫婦になるとか言ってうるさいからね」
 そう言ってにっこり笑いかけてくるのだけれど、行動とミスマッチ過ぎる笑顔だ。

 穂波君は気を失った松代君を舞台の上へ横たえる。
 穂波君も実は武闘派?なんてことが頭をかすめたとき、捕まえる、捕まえる……と胡乱な声が飛んできた。
 見ると、わらわらと人が集まってきていた。

 祭りの騒ぎさめやらず、まだ境内に残っていた人たちのようだ。
 けれど、様子が明らかに変だ。

 みんな一様に、頭を左右に揺らしながら、危なげな足取りでこちらにやって来るのだ。