『答えるがいい、娘よ』
 目の前で龍の鼻息が口ひげを揺らす。

 草履のかかとが岩の壁に追いつめられ、わたしは否応なく岩肌に背中をあずけるかたちになる。
「あの~……何で追いつめてくるのかな?」
 わたしがそう言うと、龍はふふふ、と低く笑う。

 ぞぞぞっと背中に冷たいものが走る。
 こういう光景を一度、幸太郎相手に演じたのを覚えているけれど、そのときと比べると、危機感のレベルが違う。
 犬人間はほぼギャグだけれど、色ボケ龍はギャグになりそうもない。

 単純に、いろんな意味で、困ります。
 わたしが警戒心でじりじりしている中で、自分の形勢有利とみた龍は、冥途のみやげか、ピロートークかという雰囲気で、、

『さっきの世界を我も少し覗かせてもらった。そして気づいたのだ。お前、何年も前にこの“龍のねぐら”に落ちてきたことがあるだろう?』
 そんな話をしてくる。
 わたしは何のことだか分からずに、龍の話した内容を頭の中ではんすうした。

 龍は構うことなく続ける。
『我は覚えているよ。六つくらいの少女が頭上から降ってきて、我はひと時目覚めたことがあったのだ。少女は幼なじみと喧嘩になったといって泣いていた』
 どこかで聞いたような話だ。というか見たような内容だ。

『始めは我を着ぐるみとやらだと思って、話をしていたが、徐々にそうではないと気づいたらしくてな。今度は帰りたいと泣き出した』
 無理もないよね。わたしだって、帰りたいと泣きたいくらいなんだから。

『少女があまりに泣き騒ぐので、我は一つ提案したのだ。お前が年頃になった頃に、我の花嫁となるならば、ここから出してやろう、と』