けれど、今度は光の渦に舞い戻ることはなく、ぱあっと目の前が開けたかと思うとそこは、元の暗い岩屋だった。
 尻尾や胴体の間に顔をうずめていた龍が身体をのそっと動かし、こちらに顔を向けた。

 明るい場所から暗い場所への移動で目がなれてせいか、わたしがしばらくぼんやりしていると、
『焔の言葉を聞くことは出来たのか?』
 と龍は聞いてくる。

「焔の言葉?」
 言葉と言われても、わたしがあの幻想のような変な世界でまともに話をしたのは、穂波君のお父さんと穂波君、そして幸太郎くらいのものだ。

「焔ってまさか、穂波君とか幸太郎のことなの?」
『そのような名なのか。我に分かるのは、ただゆらゆらとお前の傍らで燃える焔のみだ』

 詩的というよりも、単純に分かりづらいこんな風な表現で龍は言うので、本当のところはちょっと分からない。

 そして、
『その様子では、お前の焔は燃えなかったようだな』
 龍がその強面を崩し、口元を少しほころばせたのが分かった。

『それで、あの世界へ行く前に我がした話を覚えているか?』
 今度はほころばせるどころではなく、それこそにやり、と表現するのがいい風に龍は笑う。
 悪寒が走った。
 それが、ドラマやアニメなんかでスケベ親父がするような笑いに見えたからだ。

 龍の表情をそこまで正確に読み取っている自信はなかったけれど、

『さあ答えろ、覚えているか?』
 ずいずいと、いや、するすると這いよってくる龍の顔は、やっぱりエロ親父のそれのようにしか見えなかった。

「色ボケ龍」、と苦虫を噛みつぶしたような顔で火恩寺君が放った言葉が頭に浮かんだ。
「ちょっと、待って、そんなに近づかないで!」
 と静止の言葉をかけながら、わたしはどんどん後ずさっていく。

 龍があの世界に行く前にいった言葉は、当然覚えている。

 でもどう考えても、割に合わない。勝手に連れてこられて焔がどうとか言われて、変な世界へ飛ばされて、それでも焔が燃えなければ夫婦になれ、なんてめちゃくちゃだ。
 わたしの意志なんてこれっぽちも尊重されてない。