わたしは目前の犬の頭から足の先までをひととおり見る。
 頭の白い毛並みからのぞく黒くつぶらな瞳に、これまた白い毛に覆われた小さな耳。
 くせのある体毛のせいで、曖昧になっているからだの輪郭からちょこんと飛び出た短い手足。
 どこからどう見ても犬だ。幸太郎の要素なんてひとつもない。

『俺にも何が何だか。さっき、水に写った姿見てビビッたくらいだし』
「……」
 わたしはマルチーズもとい幸太郎をまじまじ見る。
『な、なんだよ!』
 見た目は可愛いのに、口を開けば残念な気分になるのは何でだろう?

「はあ……」
『人の顔見て溜息つくなよ!』

「ごめんごめん。何だか、盛り上がりに欠けちゃって」
『人が犬になってるっつーのに盛り上がり重視すんなよ。心配して?』

 幸太郎はそう言って小首をかしげる。その仕草はとんでもなく可愛いかった。
 胸がきゅうんと音を立てたので、わたしは思わず手を伸ばす。

 そして、はたと思い立ってやめる。いくら見た目は可愛くても中身は幸太郎だ。
 あのカーブミラーの上にのったり、電柱に登ったり、木にぶら下がったりして警察を呼ばれたバカな幼なじみ幸太郎。
 他にもバカなエピソードが山ほどあるやつだ。

「騙されるかあ!」
 わたしが叫ぶと、幸太郎はびくんとしてわたしを振り仰ぐ。
『ミサキ、今の何……?すげー怖かったけど、発作?』

「何でもない何でもない。それより、こういう変なことになった場合、どうするのが良いんだろうね」
『うーん。原因探って戻る方法さがすとかか?』
「心当たりとかないの?誰かに恨み買ってるとか」
『そんなの多分ねーよ。俺、恨まれるってよりバカにされるタイプだから』
「コータロー、そういう悲しいことは自分で言っちゃ駄目だよ。わたしが言うから」
『今のミサキの言葉のが、俺は悲しいけどな……』

「まあ、冗談はさておき。恨まれるが要素ないなら、何が原因なんだろ?ここ最近変わったこととかない?」
『うーん。多分、今、土手から落ちたことくらい?』
 でも、土手から転がり落ちた衝撃で犬になるなんて聞いたことがない。
 単にわたしが聞いたことがないだけで、世の中にそういうことが実は起こっているっていうなら話は別だけれど。