「だが、見過ごされていることがあるようにも思う。意思はいつも一定ではありえない。感情や身体の調子にも意思は左右されるものだ。気分がのらないときにキスしたとしても、魔法が解ける可能性は低い」
「えーとつまり、どういうことですか?」

「君のいう友達のやり方の場合、感情や体調が万全に整い、気分が非常にのったときにキスしなければ魔法は解けないということだ」
「そ、そんな……」
 わたしが、非常に気分がのって幸太郎にキスするなんて、実際問題ありえないと思う。
 さっきだって、不可抗力でああなってしまっただけだし。

「じゃあ、実際には、魔法を解く方法はないってことですか?」
「方法はある。だが、それは、君が僕のとの取引に応じてくれれば教えよう」
「どんな取引なんですか?」
 わたしが尋ねると、男子生徒は口角を上げて微笑する。

「僕が君に魔法を解く方法を教える代わりに、君は僕のファム・ファタールになるんだ」
「ふぁむふぁたーる?洗剤の名前みたいですね……」
 つい茶々を入れると、男子生徒は、
「君は、僕の洗剤になってくれと言って、なるのか?どうやって?」
 淡々とそう返してくる。

「な、ならないですね、すみません」
 雰囲気が総じてシャープな人だとは思っていたけれど、ここまでシャープに返されるとは思わなかった。
「ファム・ファタールとは、運命の女という意味のフランス語だ」
「なぜそこでフランス語が?」
 わたしがそう言うと、男子生徒は目をギラリと光らせ、
「何だかかっこ良さそうだから使った、とでも言えば満足か!?君はそこまで僕を貶めたいというのか!?」
 とたん勢いづき立ち上がると、わたしの方へと迫ってくる。

「ごめんなさぃぃ!そんなつもりはありません!」
「坊ちゃま。あまり興奮なされませんよう。本題に入りましょう」
「そうだな。悪かった」

 傍らからご老人がフォローに入り、事なきを得る。
 しかし、心臓がど、ど、ど、と大きく波打っているのを感じる。
 ……言葉には気をつけよう。