や、やばい。

――――きゃああああああああああ!ば、化け犬ぅぅぅ!

 絹を裂くかのような黄色い悲鳴が響き渡る。
 同時にボン、と間の抜けた音がして、わたしの目の前から幸太郎が姿を消す。

「え!?コータロー?」
『世界がでかい……。も、戻ったのか?』
 見ると、マルチーズの姿の幸太郎がそこにうずくまっていた。

「魔法が戻っちゃった……」
 わたしのキスじゃ、半分戻るのがせいぜい、しかもすぐに効き目が切れるみたいだ。
『また、この高さか……』

 わたしを見上げながら、幸太郎はしんみりと呟く。
 そういう様子を見ていると、何だか居たたまれなくなる。
 何か言葉をかけられないかな、とわたしが考えていると、
「だ、誰か!来てくださいぃぃ!」
 床に腰を抜かしていた保健の先生が、ドアから顔を出し廊下へと声をかけ始める。

『まずいな』
「だね」
 周囲を見渡すと、校庭へと繫がる引き戸が目につく。
「あそこから逃げよう」
 わたしはさっきまで眠っていたベッドの下から体育館履きを拾うと、靴下を脱ぎその中に入れた。

『はだし?』
「靴下汚れるのやだしね。行こう」
『今更だけど、ミサキ。寝てなくて平気なのか?』
 幸太郎のぼやけた発言に、わたしはずっこけそうになる。

「い、今それを聞くの?散々追いかけ回したでしょーが!」
『そうだけど』
 幸太郎は浮かない表情だ。
「どうしたんですかー!?」

 廊下をパタパタと走ってくる音がしたので、わたし達は顔を見合わせ頷きあう。
 わたしは引き戸を開け、外に飛び出した。幸太郎も後に続く。
 逃走するよりいい方法があったような気もするけれど、先生に上手く説明できるは自信がないし、しょうがない。

 こうしてわたし達は、逃げることにしたのだった。