微かに聞こえてくるホイッスルの音。
我慢していたが、ふと窓の外に目を移す。
先輩は、私にとって初恋の人だった。
階段ですっ転んでカバンの中身をぶちまけたとき、自らの手荷物を床に置いてまで拾うのを手伝ってくれた彼。
恥ずかしさから死にそうになっていた私に、
「大丈夫?」
初対面にも関わらず、少し笑いながら教科書を手渡ししてくれた彼。
パニックになってお礼を言って、それから頭をグイッと下げて…
逃げるようにその場を去った、情けない自分。
思い出す度嫌になるのに、忘れたくないあの時のこと。
思わず両手で顔を覆い、深いため息を一度。
「おい、彩菜」
「あっ…ごめん」
回ってきたプリントに気が付かず、ハッと顔を上げる。
「柴野さんが寝てまーす」
「ちょ、寝てないって!」
ふざけた様子でケラケラ笑うのは、中学時代から幼なじみの洋。
「何だ?」
黒板に体を向けていた先生が振り向き、メガネをクイッと上げる。
「何でもないです…」
洋が口を開く前に言うと、先生はくるりと背を向けた。
余計なことを言うんだから…
その様子を見ていた菜々には、指をさして笑われる。
つい自分の世界に入り浸ってしまった…。
好きになったつもりはなくても、ふと考えてしまうあの時のこと。
無意識に探してしまう彼のこと。
しっかりお礼を言いたいだけだと自分に嘘をついていたけれど、気がついた。
また会いたいだけだって。


