ドアとカーテンを締め切り、丸椅子に腰を掛けた季蛍が細かい咳を繰り返す。
今まで耐えていた分の緊張がほどけたように、顔をしかめながら。
「ちょっと背中いい?」
「うん…」
袖を抜いた白衣を軽くたたんでデスクに置き、椅子を引っ張ってそばに体を寄せる。
「服ちょっと上げるよ」
微かに頷いたのを確認し、聴診器を軽く温めて服の隙間から手を滑りこませる。
「無理しなくていいから深呼吸してて」
「ん」
「………いいよ、前向いて」
シャツの胸元からもう一度当てていく。
慎重かつ、丁寧に。
「思ったより聞こえるね」
聴診器をはずしながら椅子を引き、吸入器のセットに移る。
「自覚はあったよ?焦りもあったし…」
ボタンを留めながら気まずそうに視線を泳がせたあと、吸入器のマスクを口元に当てた。
機械の作動音が室内に響き始めると、霧状の薬剤を送り出す。
吸気音がその合間に混じるたび、喉の奥から漏れるゼーゼーとした音が聞き取れた。
目は閉じたまま上下する肩と、呼吸にあわせてふくらむ胸。
無意識に呼吸を合わせるようにしてその様子を見守り、苦しげな息が次第にゆるやかになっていくのを耳で感じ取る。
瞼を閉じて身を任せるように息を吸っていた季蛍が、わずかに目を開いた。
「少し楽になってきた?」
静かに頷いた季蛍がマスク越しに微笑んだのがわかり、張り詰めていた空気が和らぐのを感じる。
そこでようやく視線を外し、時計を見た。
時間なんてどうでもよかったが、吸入がそろそろ終わりを迎えることを知る目安にはなる。
吸入の音が小さくなっていくのと同時に、呼吸の音が整っていく。
薬が確かに効いている。
その確信と、隣でそれを見届けられる安堵。
吸入を始めてから数分が経過した頃、静かな室内に最後の音が響いた。
深く息を吐いた季蛍が、口元にあてがっていたマスクを離した。


