「いいよ、お疲れさま」
「ありがとうございました」
スカートの裾を両手で直し、荷物置き場からカーディガンと鞄を手に取った。
「これから何食べに行くの?」
「決まってないです、誘ったのは蒼で…」
「いいなぁ、これからお食事行くんですか?」
部屋の奥から戻ってきた看護師が羨ましそうに問うと、緊張が解けたような顔をした。
「はい、でもその辺です」
「楽しんできてくださいね」
カーディガンに袖を通そうとしていた季蛍が、一度腕を引っ込めて袖を探しなおす。
けれど生地が思うように滑らず、指先で探るうちに少しだけもたついた。
その様子に気づいた看護師がそっと近づき、自然な手つきで季蛍の背中に軽く手を添える。
「すみません、ありがとうございます」
どこか嬉しそうに微笑んだ季蛍が、上着の前を整えて診察室のドアに手をかけた。
「何かあったらまた来て」
「わかりました」
「お大事にね」
「ありがとうございます」
やがて扉が静かに閉じると、診察室の空気がすっと落ち着きを取り戻した。
緊張感が和らいだような空間に、いつもの静けさが戻ってくる。
はじめ顔を合わせたときは不安が強かったが、話してみると元気そうだったので少しホッとした。
「いいなあ、外でランチかあ」
ファイルを整えていた看護師が、軽く伸びをしながら呟いた。
「いいよねぇ」
「先生はまた"いつもの"ですか?」
「"いつもの"です」
「おにぎりにカフェラテって合います?」
「合うよ?やってみて」
「いやですよ〜」
ケラケラと笑いながらも椅子を整え、次の患者を迎える準備をする。
「なんだかんだ楽しみにしてるみたいでよかったな…」
ぽつりと呟き、無意識に口元が緩む。
乗り気ではなくても、彼との食事は嬉しそうだった。
帰り際に見せた、あのやわらかい表情を思い出していた。
「安心しました?」
「うん。あの顔見れたら、こっちも落ち着くね」
そう返しながらペンを置いた。
カルテの画面を閉じる音が、静かな診察室に響いた。


