「いちご……?」
「どう、食べられる?」
「うん、食べられる…」
ガラスの器に映える赤い実の正体。
あれだけ手に入れたかった、あのいちご。
眠そうな瞳に、ふっと明かりが灯る。
赤く艶やかな粒を、信じられないというように見つめていた。
どうして?と言いたげな陽だったが、それより先に粒に指を伸ばすのが我慢できないようだった。
ゆっくりとした動きはまだ本調子ではない証拠だけれど、そのひとつひとつの動きから目を離せないでいた。
「いただきます…」
やわらかく熟れたひと粒を手にとる。
小さくて、まるい苺。
指に残った甘酸っぱい香りが、こちらにも漂ってくる。
「いいよ、食べて」
陽の正面にしゃがみこみ、その一口目を待つ。
いちごの先端を口の中に入れると、そのまま丸ごと口の中に放り込んだ。
一度、二度…咀嚼するたび、ふわりと目元が緩む。
はじめは微かな綻びだったのが、徐々に頬の筋肉を解かしていく。
ごくん、と喉が動いた。
「あまくて、おいしい………」
震えた唇で陽がつぶやき、パジャマの袖で目元を覆う。
今度は少し大きめの実に手を伸ばし、への字に曲げた口の中に再び先端を入れる。
今度は実の半分で歯を立てた瞬間、同じように頬の筋肉を緩めた。
「んふ、なんで泣いてんの」
「だって、すごくおいしくて…」
「そんなに食べたかったんだね、よかったね」
唇の端に残った果汁をティッシュで拭ってやり、ぽろりと涙をこぼした陽が可愛くて目が離せない。
いまの陽にとって、いちごは単なる果物ではなかったのだろう。
水すら喉を通らなかった高熱の中、これなら食べたいと思えた唯一の味覚。
高熱のせい、だけじゃない……
このいちごへの執着は、もうひとつ理由がある気がしていた。
情緒も嗜好も少しずつ変化する今。
普段なら流せることが引っかかって、涙がこぼれてしまうこともある。
食べたいものがあるのに、食べられなかった。
それにようやく手が届いて──
ただそれだけのことなのに、涙が出る。
それくらい、陽の中では切実だったのだ。


