しばらく背中を擦り続けていたが突然、もう平気だと立ち上がった。
「お水いる?」
頷いた陽がリビングのソファに腰を下ろしたのを見届けてから、キッチンへグラスを取りに行く。
冷たすぎない、常温に近い水を注ぎ、陽のもとへ。
「ありがと…」
両手でそっと水を受け取った陽は、そのまま口をつけずに膝の上に置いた。
そして袖口で頬を拭う。
まるで無意識のような動作で。
昨夜感じた違和感は正しかった。
なんでもないふりをしていたけれど、ずっと気になっていたのだ。
視線が合わなかった、声に張りがなかった。
目の奥が赤く、でもそれには気がついてほしくないかのように振舞っていた。
「無理してた?」
隣に腰を下ろし、肩をすぼめて俯く陽の髪を撫でる。
「んーん…してない…」
「夜中、起こしていいんだからね」
「…うん」
「ひとりで行かなくていいから」
「うん…」
グラスを持つ手が力なく揺れて、ぽたり、ぽたりとこぼれ落ちる涙が膝の上に落ちていく。
少し痩せた体を抱き寄せ、濡れた頬を指で拭う。
「泣いていいよ?」
その一言が糸を切ったようだった。
抑えていた呼吸がひっくり返り、声を上げて泣き始める。
「……ぅ、うぅっ…」
ホルモンバランス、眠れない夜、食べられない毎日、どうしようもない体のだるさ。
不安や葛藤もあるに違いない。
それをひとりで、ひとりの体で抱えてる。
そのつらさを肩代わりすることは、俺にはできないんだよな…
ただ隣にいて背中をさすり、涙を拭うことしかできない。
つらいのは陽なのだ。
泣き顔を黙って胸で受け止め、それ以上声を掛けることができなかった。
この震えが、少しでもおさまればと思って。


