「はい、お味噌汁」
トレーを持った季蛍がダイニングテーブルに味噌汁の椀をそっと置く。
湯気が鼻先をくすぐり、だしの香りにほんの少し、食欲が刺激された。
「ごめん、ありがとう」
「熱い、ほんとに8度?」
「8度…」
細くしなやかな指が首筋に触れ、そうかなぁ、とつぶやいた季蛍が首を傾げた。
いただきます…。かすれた声を発したあと、器に唇をつけて一口すする。
熱すぎないやさしい温度の味噌汁が喉を通り、ようやく体が水分を受け入れた。
喉の奥の違和感は、幸い炎症というほどではないだろう。
まだ…違和感だ。
「薬のストックあったっけ?」
「うーん、多分あると思うよ。見てくるね」
「ごめん……」
季蛍は小さく首を振りながら、薬棚のほうへ向かっていった。
その背中をぼんやりと見送りながら、もう一度お椀を口に運ぶ。
塩分も強すぎず、出汁の味が染みる。
…ちょっと効いたかもしれない。
自分が風邪の入り口にいるのを実感する。
同時にこうしてさりげなく支えてくれる季蛍の存在に、静かに救われていることも。
寒気と微熱が体に残る中、味噌汁の湯気と朝のニュースが穏やかに流れていた。


