「何度だった?」
「38」
小さく息を吐きながら体温計を置く。
数字は思っていたよりも高い。
自分の体感と重さを帯びた関節のだるさを思えば…納得もできた。
「えー、どこが微熱なの?」
鍋の火を止めた季蛍が、呆れたように目を細めた。
「困ったな…」
苦笑交じりに額を指で押さえる。
ぼんやりとした熱のせいか、思考の回転もやや鈍い。
目の奥に鈍い重さがあり、ずきんとした違和感が脈を打つようにやってくる。
「今日の出勤は午後からなんでしょ?」
季蛍が鍋の蓋を閉めた。
「一応、勤務は午後から…」
それでも午前中にやるべきことがあった。
出勤時間が午後であろうと、完全な休日ではなかったのだ。
だが、今の調子じゃ厳しいな…
「あ…高島だ」
タイミング良くスマホが鳴り、名前を確認して耳に当てる。
"あ、すみません…寝てました?"
「ううん、大丈夫。おはよ」
"おはようございます……っていうか蒼先生"
「ん」
"それ、寝起きの声じゃなくて風邪の声ですよね"
「…いや?」
"僕にはわかりますからね〜"
ヘラヘラと笑った高島が要件を手短に話したあと、声のトーンを少し下げた。
"で、熱あるんですか?"
「8度…」
"はち!?はちですか?なんだ、しっかり風邪じゃないですか"
「……。頭痛もあるし喉も痛い。ちょうど今連絡しようと思ってたところで」
"なるほど、ちょっ…と待ってくださいね"
電話口を少し遠ざけて別の誰かと会話をしたあと、再び声が近くなる。
"今日人手足りてるので大丈夫そうですよ、休んじゃってください"
「…本当にごめん。」
"いいえ〜、その代わりちゃんと休んでくださいよ?"
「わかった…明日はそのままでいいから」
"うーん、また連絡します"
プツ、と電話が切れると、どうしようもない罪悪感がじわじわと迫ってきた。


