やっべぇ、Tシャツについた。シミになったらお母さんに殺される。いや……しかし……。篠原くんが新島くんと仲良くなっただと?

「クラス替えの時、話しかけてもらったんだ。それ以来、色々声を掛けてくれていて――」

 篠原くんの笑顔が固まっている。内心「やべっ」て思ってるんだろうな? だって聞いてないもん。新島くんと仲良くなったなんて。

「新島くんと篠原くんが仲良くなったの、女の子みんなで話題になってるんだぁ。新島くんも人気だから、篠原くんといると目が幸せになるって!」

 ほぉ―――う? 新島くんとセットでなぁ? 可愛い顔に色気を足した新島くんと、儚さと誠実さを併せ持った篠原くんを足したらそれはもう眼福であろうよ。

「新島くんって話しやすいよね! 意外とチャラくないって感じ。女の子立てるのも上手いし」

「そうだね。津田さん、バームクーヘンお代わりする?」

 篠原くんが、自分の分のバームクーヘンをくれた。なるほど、これは黙っていたことに対するお詫びだな。有り難くいただこう。

「夏休み明けには津田さんも学校復帰があるし、クラスの雰囲気は良くしておかないと」

「篠原くん、学級委員長になったんだっけ?」

「うん。学級委員は前の学校の時にも経験があったから。新島くんはクラスの中心人物だし、せっかくだから仲良くなっておかなきゃ。恋のおまじないがバレた相手が教室にいるの、津田さんも気まずいだろうし」

「ぐふっ……!」

「なるちゃん、大丈夫?!」

 バームクーヘンを喉に詰まらせて必死で咳をしてると、篠原くんからそっとオレンジジュースのお代わりを渡された。

 今のわざと!? わざとですよねぇ!!






 ちなちゃんと篠原くんが帰った後、わたしはテーブルに並べられたコロッケの中でどれが一番大きいか見比べていた。お母さんがスーパーのお惣菜コーナーで買ってきたコロッケはレンジでチンされてほくほくしている。

「成海、夕飯をお姉ちゃんと優斗くんに持って行ってあげて。お姉ちゃんたち受験生なんだから、アンタも協力しなさいね」

 お母さんが二人分の夕飯が載ったお盆を差し出した。わたしも今年は受験生なのに、あんまりだ。それでもコロッケに罪はないので、部屋で勉強しているお姉ちゃんと優斗さんのために夕飯を運んだ。

 高校3年生になったお姉ちゃんも、今年から大学受験が始まる。姉妹そろって受験生だ。受験料や入学費やなんかでお金もかかるし、学校の用事が増えるしでお母さんは大変だと溜息をついていた。でもそんなこと、わたしに言われても困るんだけどな。
 愚痴られるたびに、「あんたもそろそろどうするのか決めなさいよ? 進学する気あるの? 通信制の高校だってお金はかかるんだからね!」なんて言われるのだからたまったものじゃない。今のお母さんはお姉ちゃんの事でいっぱいいっぱいで、わたしのことまで気にしてられないみたい。大学受験が始まって、お姉ちゃんも部活の後は夜遅くまで塾に通って頑張っているし、最近優斗さんも部活の合間を縫ってお姉ちゃんに勉強を教わっている。二人とも都心の国立大学を受験するそうだ。

 ……わかってるよ。わたしだって、そろそろ進路を決めなきゃってことくらい。どうせわたしなんか大した学校にはいかないかもしれないけどさ。お姉ちゃんとの扱いの差、あからさますぎません?

 お姉ちゃんの部屋の前でお盆を持ったまま立ち止まる。部屋の中はしんとして物音ひとつしない。本当に部屋の中に人がいるのかと疑うくらいだ。
 御盆を傾けないよう何とか片手でバランスを取り、下にさげて開くタイプのドアノブに肘を引掛ける。ドアを開けようとして、はたと思い立った。
 部屋の中にはお姉ちゃんと優斗さんの二人きり。受験勉強に忙しい二人だが、付き合ってる男女が一つの部屋で同じ空間に居ると言うことはつまりいつ何時(なんどき)そう言う事(・・・・・)があってもおかしくないんじゃないのか。
 もしも今ここで何も考えずにドアを開けて、まさにその最中だったら気まずさと恥ずかしさで死ねる。お姉ちゃんに恥を掻かせてしまったら妹として申し訳が無いし、優斗さんにも申し訳ない。自害してもいいレベルで申し訳ない。

 ど、どどどどうしよう。やっぱりここは一度ノックした方が良いかな。外に居ますよアピールをした方が無難だよね。っていうか、今ここで考えている間にも、この閉ざされた扉の奥でめくるめく甘美な大人な世界が広がってるんじゃないの!? どうしよう!!

「何やってんのよあんた」

「ひぇっ!?」

 突然部屋のドアが開いて心臓とお盆が吹っ飛びそうになった。慌ててバランスを取って態勢を整える。恐々見上げると、スッピンのお姉ちゃんのオカメ顔があって、何を企んでるんだと言わんばかりの冷たい目でわたしを見下ろしていた。