「もーやーだー! この問題わかんないー!」

 ちなちゃんが、ミニテーブルを両手でばんばん叩きながら駄々をこね始めた。

「こら、教えてあげるから机叩かない。どこが分からないの?」

「ふぇえ……ここぉ……」

 篠原くんがちなちゃんを宥めながらの勉強を見てくれる。
 勉強会にちなちゃんが加わって2人分の勉強を見なければいけないなんて、篠原くん、大変だな。


 始業式から一週間が立った頃、ちなちゃんが勉強会に加わりたいと言い出した。どうやら志望校が決まったらしい。

「すっごく可愛い制服の高校があるの! 稚奈、絶対そこの高校の制服着たいんだぁ!」

 そこは私立の高校で、かっこいい先輩も多いのだとか。

 わたしとしても、ちなちゃんと一緒に勉強できたら嬉しいしもちろん大歓迎だ。
 でも、勉強を見るのは篠原くんなので、参加していいかどうかは篠原くんによるんだけど……。

「参加する分には別に構わないけど、本田さん、部活がない日はちゃんと来れるの?」

「うん! ちゃんと来る!」

「友達と遊んだりもしない?」

「しない!」

「約束できる?」

 篠原くんの念押しがすごい。ちなちゃんがどこまで本気なのか確認したいのだ。
 でも、篠原くんは大丈夫だろうか。

「あの、篠原くんの方こそ大丈夫なんですか? 篠原くんだって、受験勉強があるのに」

 なんなら、わたしにかける勉強の比率を軽くしてもいいんじゃないだろうか。ちなちゃんみたいに、ちゃんとした志望校があるわけでもないのだし。

「俺は大丈夫。本田さんが勉強したいっていうのなら、勉強を見てあげるよ。本当にやる気があるのならね」

 篠原くんが含みを持たせてちなちゃんの方を見ると、ちなちゃんは力強くうなづいた。

「うん! 稚奈やるよ、本気だもん!」






「もうやだー! わかんない!」

 2回目のちなちゃんの癇癪が始まった。わたしと篠原くんで、ちなちゃんをなだめると、ちなちゃんは目に涙を浮かべて頬を膨らませながら勉強を続けた。

 小学生の頃から、ちなちゃんも勉強が苦手だったもんな。座っているより身体を動かしていたほうが得意なタイプだったから。

「篠原くん、今日はここまでにしましょうよ。ちなちゃんは今日が初日ですし。ちなちゃん、お母さんがバームクーヘン用意してくれてるよ。みんなで食べよう?」

「賛成! みんなでおやつタイムにしよー!」

「今日さぼった分は宿題にしておくからね?」

「えぇ、ひどーい!」

 篠原くんの容赦のない宣告に、ちなちゃんが悲鳴を上げた。ちなちゃん、諦めるんだ。篠原くんは、勉強に関しては本当に厳しいんだから。

 勉強道具を片付けて、ミニテーブルにお皿や飲み物を並べる。準備ができると、ちなちゃんはバームクーヘンを一切れ取って口の中に入れた。

「んーっ、生き返るー!」

 ちなちゃんが頬を抑えて幸せに浸っている。
 わたしも一切れ取って口に入れた。ホワイトクリームとカスタードクリームが重なったバームクーヘンのしっとりした生地。そこにオレンジジュースを合わせると、口の中に甘さと酸味が広がる。ん――――っ! 美味!

「本田さん、今日やったところはテストに出やすい場所だから、家に帰ったらきちんと復習してね」

「うんっ、篠原くんに勉強見てもらったんだもん、絶対いい点とるよ!」

「約束だからね?」

 ちなちゃんが篠原くんと悪魔の契約を交わしているのをはたから見つつ、わたしは黙々とバームクーヘンを堪能した。勉強地獄に堕ちていくちなちゃんを救う手立てもなく、この甘美な誘惑に屈するわたしを許してくれ。

「篠原くん、本当に桜花咲受けるんでしょ? 勉強、大変じゃない?」

「勉強自体は大変じゃないよ。授業を聞いていれば大体わかるし、試験勉強も出題パターンは決まっているから、過去問を解いていれば大して難しくないしね」

 ちなちゃんはお菓子を食べながら、熱心に頷いた。

「そうなんだぁ。篠原くんて、勉強嫌になったりしないの?」

「知らないことが分かるようになるのは面白いから、勉強が嫌になることはないかな」

「へー、そうなんだー! やっぱり篠原くんすごいね!」

 バームクーヘンうま。

「あ、友達に聞いたんだけど、篠原くんの体力テストの結果凄かったって聞いたよ。特にシャトルラン! 何回まで行ったの?」

「175回。本当は最後まで残りたかったんだけど」

「えぇー、部活やってないのに十分すごいよ。すっごく恰好良かったって聞いたもん! 稚奈、見たかったなぁ」

 体力テストなんて、地獄の記憶しかないわ。オレンジジュースうま。

「新島くんと張り合った人って、今まで居なかったんじゃなかったっけ! シャトルランが切っ掛けで新島くんと仲良くなったって本当!? 同じクラスだもんね!」

「ぶふっ……!」

 やっべ! ジュース吹いた!

「なるちゃん、大丈夫?!」

「うん、ちなちゃん大丈夫。すみません、篠原くん。そこのティッシュ取ってください」