わたしが慌てて言うと、篠原くんは真面目な顔で再び首を振った。

「3年になっても、今まで通り、津田さんの勉強は見るつもりだよ。受験勉強なら、並行して出来るから」

 篠原くんの言葉に唖然とした。そんなの申し訳なさすぎて、受け取れない。
 わたしは、何とか篠原くんに考えを改めてもらおうと何かを言おうとしたが、何も言葉が思い浮かばなくて、「で、でも……」と、行き場のない言葉が口の中で籠った。

「言ったでしょう? “畏れ多いなんて思ってほしくない”って」

 狼狽えているわたしに、篠原くんはきっぱりとした口調で窘めると、暖かく笑った。

「友達なんだから、受験勉強だって一緒にやるよ」

 当然だと言いたげに、篠原くんは笑った。その顔がすごく眩しくて、わたしは危うく泣きそうになった。改めて友達だと言ってくれたことが、嬉しかった。

「……篠原くんは、教室復帰した方が良いと、思いますか……?」

 わたしのために、クラス分けのことで先生に頼むくらいだ。教室復帰をした方が良いと考えているだろう。それを見越しての、“同じクラス”なのだし。そう思って尋ねると、篠原くんの答えはまた、意外なものだった。

「しなくていいんじゃないかな、別に」

「えっ」

 再び驚きの声を上げたわたしに、篠原くんは首をすこしだけ傾げた。

「内申は相談室に行けばある程度はもらえるし、勉強は今のまま続けていけば、無理して学校に行かなくても十分な学力はついていると思うよ。仮に津田さんが、全日制の高校に進学したいと望めば、無理なく受験出来ると思うんだけど」

 テストや相談室の時に、無理やり事を進めていた篠原くんの発言とは思えない。わたしは、くちをぽかんと開けたまま、篠原くんの顔をまじまじと見た。

「それ、本気で言ってます?」

「本気だよ。入試試験の結果のみを重視する学校もあるから。通信制の高校や、専門学校に行くにしても、無理して教室復帰する必要はないと思う」

 今まで、誰かにこんなにはっきりと“行かなくていい”と言われたことはなかった。先生も、親も、学校に復学するのは当然だと言いたげだったし、篠原くんもそのためにわたしの勉強をみてくれているのだと思っていたから。

「わたしは……」

 改めて、自分がどうしたいのか考える。今までは、みんながみんな、「学校に行け」と言うから頑なに意地を張っていたけど、行かなくていいと言われた瞬間に、なんだか急に宙ぶらりんになったみたいだった。自分の心がどこにあるのか分からなくなって戸惑う。

 わたしはどうしたいんだろう。教室復帰、したいんだろうか。したくないんだろうか。




「やっぱり、わたし……、学校に行きます」

 頭がぐるぐる回って、目がまわりそうになるくらいに考えて応えたのは、登校日直前になってからだった。その時の篠原くんはとても驚いていて、本当にそれでいいのかと何度も聞いてきた。
 わたしは、しっかりと頷いた。

「はい、良いんです。決めましたから」

  いつまでも、篠原くんに甘えていたらいけないんだよな。いつかは、自分の力で生きていけるようにならないと。
 何日も悩んで、やっと出した結論だった。すごく不安だったし、決めるまでにものすごい勇気が必要だったけど、それでもこれが一番正しいんだと言える。

「だって、篠原くんと同じクラスですから! 怖いものなんてないですよ!」

 本当は今もずっと怖いけど、だけど、わたしだって篠原くんに応えたいんだ。




 日高先生は、復学を決めた経緯を聞いて、納得したようにうなずいた。

「そう、決めたのね」

「はい、決めました」

 わたしは、決意を込めて頷いた。

 本当は「やっぱり止めます」と言ってしまいたい。だけど、口に出すことは絶対にしない。

「復学の時期は、聞いている?」

「はい、夏休み明けに復学することになりました」

 新学期に教室復帰する話も出ていたが、修学旅行が近いからと、復学は夏休み明けにしてもらうようにお願いした。
 新学期なら、変に目立たず教室復帰できるのかもしれないけど、修学旅行に参加するのは嫌だったのだ。

「そうね。それこそ、急ぐ必要はないもの。ゆっくり準備を整えていけばいいと思うわ」

 先生に励まされて、わたしは改めてほっとした。
 何度も相談室に通ううちに、以前に比べて学校自体への恐怖心は薄れている気がする。それもこれも、篠原くんと、日高先生のおかげだ。新しいクラスには篠原くんがいるし、もしまた辛くなってもここに来れば日高先生もいる。わたしを知ってくれていて、応援してくれる人たちがいるとわかっているだけでも元気が湧いてくる。相談室はいつの間にか、わたしにとって、“ひとつの居場所”になっていたのだ。

「せっかくだから、新しいクラスのクラス名簿を見てみる? 増田先生からいただいたの」

「えっ、そうなんですか?」