短い春休みが終わり、今日から学校だ。今日は、新年度のクラス分け発表と始業式がある。彩美は、学校から届いたクラス分け表を見て、3年生の新しいクラスを確認した。

「う……うそぉ……」

 新しいクラスに、篠原咲乃の名前がない。彩美は絶望的な声をあげて、がっくりと肩を落とした。

「終わった……。終わったわ、私の学校生活……」

 毎日彼に会えることだけが楽しみで学校に来ているのに、咲乃と離れ離れになってしまうなんて……この1年間、何をモチベーションに学校に来ればいいんだろう。

「おはよう、山口さん」

 廊下の壁に手をついて項垂れていると、後ろから声がかけられた。しかし、失意のどん底にいる彩美は、相手に挨拶を返す気にもなれない。

「はぁ……」

「山口さん、大丈夫?」

 もう篠原くんと話すこともできない。クラスメイトたちと談笑する暖かい笑顔を眺めることも、窓際に座った彼のうっとりするような儚い情景に見惚れることも、授業中の彼の整った横顔を盗み見る楽しみも、近づいた時にほのかに香る、柔軟剤の優しい香りにドキドキすることもないのだ。

 あぁっ! どうして神様は、私の恋を邪魔するの!?

「山口さん、具合が悪いのなら保健室に行ったほうが――」

「しつっこいな、何の用よ!!」

 人が落ち込んでるときにさっきからなんなんだ。怒鳴りながら振り返ると、肩に触れかけていた手が素早く引っ込められた。

「ごめんね、話しかけてしまって」

「し、篠原くんっ!?」

 彩美が驚いて名前を叫ぶと、咲乃は心配そうにしていた顔を緩めてほっとしたように笑った。

「良かった、いつもの山口さんだ。元気が無かったから、体調が悪いんじゃないかと心配で」

「……そう、なの。……ごめんね、篠原くん。心配してくれたのに……」

 咲乃の優しい笑顔に耐え切れず、彩美は思わず視線を逸らした。

 もう私たちは一緒にはいられないの。クラスと言うふたりの仲を隔てる壁。クラス替えという残酷な運命に引き裂かれた二人。さながら心境はロミオとジュリエット。――ああ、篠原くん、どうしてあなたは篠原くんなの?

「ううん。山口さんが大丈夫ならよかった。違うクラスになってしまったけど、これからもよろしくね」

 優しい笑顔で彩美に笑いかけ、「またね」とふわり甘い香りを残して去って行く。咲乃の後姿を見送って、彩美は嬉しさに胸いっぱいにさせてスマホを握りしめた。

 そうよ、私たちの壁なんて、たかが教室が違うだけじゃない。会いたくなったらいつでも会いに行けばいいんだ。例えクラスが変わったって運命で結ばれているふたりの障壁にはなりえないんだから!

「なに気持ち悪い顔で突っ立ってんだよ、山口。早く教室行かねーと予鈴鳴っちまうぞ」

 再び声を掛けられて放心していた意識を取り戻すと、神谷亮が訝しげにじろじろ彩美を見ていた。
 神谷の骨折は春休み前にはもう完治していて、すっかり元気になっていた。

「何よ。この私が変な顔なんて、するわけないでしょ」

 常に誰が見ても可愛く見えるように心掛けている彩美にとって、神谷の不躾な言葉は心外だった。
 彩美がツンとすまして言うと、神谷はどうでも良さそうに、半目になってふーんと鼻を鳴らした。

「そんならさっさと行こうぜ。俺たちクラス一緒じゃん」

「はぁ……? あんたと同じクラス!?」

 改めてスマホを確認すると、3年生のクラスに神谷亮の名前があった。彩美は絶望した。よりによって神谷(こいつ)と同じクラスだなんて。

「終わったわ。私の学校生活……」

「何言ってんの?」

 彩美が白目になって、ふらふらと彷徨う亡者のような足取りで教室へ向かい始めると、神谷は「怖ッ」と慄いていた。