「篠原くんっ、一緒にお昼食べない?」

「山口さん、何処に座るの?」

「神谷くんがどけばいいんじゃない?」

「あぁ? なんで俺がどかなきゃいけねぇんだよ。ふざけんな」

 山口さんは、この学校では一番可愛いと評判の美少女で、インスタやTikTokのフォロワーは千人を超えると聞く。
 そんな山口さんが、席のことで神谷くんと揉めているみたいだ。うちの学校では、お昼時間は友達同士で机を動かして食べて良い事になっていから、席の移動は自由なんだけど、自分の席を移動するのは大変だから、誰かの席を借りたいらしい。

 まぁ、わたしには関係がないので、わたしはひとり前を向いて給食を食べることにする。

「諦めろよ山口、俺は腹減ってんだ」

「ごめんね、山口さん」

 神谷くんが煩わしそうに手をひらひらさせた。篠原くんは申し訳なさそうに謝っている。
 山口さんは納得いかないように眉を潜めた。

「津田さん、悪いんだけど席交換しない?」

「エッ?」

 牛乳パックにストローをさしたたところで、突然山口さんに声を掛けられた。びっくりして見上げると、山口さんは可愛らしく笑った。

「……エッ……エット……」

「良いじゃん、お昼の間だけ。津田さんは私の席で食べて良いから、ね?」

 あざとく両手を組んでお願いされてるけど、目が有無を言わさず「どけよデブ」と言っている。移動するの面倒くさいし本当は自分の席で食べたいけど、山口さんはクラス内カースト上位組に属するおしゃれ可愛い女子、山口組のボスだ。クラス内カースト最底辺のわたしが敵うはずもない。

「山口さん、そんな風に無理やり席を交換させたら可哀そうだよ」

 暖かい日差しが指したような、柔らかい声が山口さんを窘めた。窘めたのは篠原くんだった。

「えーっ、でもぉー」

「そこは最初から津田さんの席なんだから、津田さんがどく必要はないよね。普通に迷惑だし、俺たちも申し訳がない」

 篠原くんに諭されて、山口さんはしぶしぶ席に戻った。一瞬、山口さんに睨まれたけど。

 わたしは慌ててお盆を持つと、席を立ちあがった。

「アッ、アノッ、山口さん、ココ、ドウゾ……」

「本当!? ありがとー!!」

 山口さんと席を交換して、ようやく昼食をとる。他人の席で食事をとるのは、すごく気を遣う。机を汚さないように気を付けながら給食を食べた。



 昼休みが終わって、ようやく山口さんがわたしの席を空けてくれた。そそくさと自分の席に戻る。やっぱり人の席って気を遣うし落ち着かないや。

「津田さん」

「エッ、アッア!!」

 折角自分の席に戻れたのに次の授業は移動教室だ。「また後でな」と自分の机に愛着を感じていると、篠原くんから声を掛けられた。

「津田さん、さっきはごめんね」

「イ、イエッ! ベツニ、キニシテナイデス!!」

 無駄に大きな声が出て、突っ伏して寝ている神谷くんが煩わしそうに呻いた。ごめん、睡眠を邪魔しちゃって。でも、そろそろ起きないと授業始まっちゃうよ?

「でも、嫌だったでしょう? 山口さんに今後あんなことが無いように言っておくから」

「イ、イヤッ、オキヅカイナク……」

 そんなことを言ったら、わたしの方が山口さんに恨まれそう……。

「心配しないで。俺が嫌だからって伝えるから。津田さんに迷惑はかけないよ」

「ソ、ソウデスカ……?」

 考えていたことが伝わってしまったのだろうか。こんなモブにも配慮を欠かさないなんて、よく、そこまで気がまわるなぁ。

 篠原くんは優しいと思う。こんなモブにも、ちゃんと気持ちを察してくれる。頭もいいし、性格もいい。でも、なんでだろう。篠原くんて、いつもどこか寂しそうに見えるんだよな。

 あんなにみんなに囲まれているのに、どうしてそんなふうに見えるんだろう。