「あら、大変じゃないお仕事なんてどこにもないわよ」

 先生は、当然でしょと言いたげに肩をすくめた。

「そ、そうかも、しれませんけど……」

 そもそも、まともに学校に行けていないわたしが、将来大人になって普通に働けるのかさえわからないんだよな……。

「津田さんの絵はすてきよ。向いてることは、突き詰めて伸ばすべきだと思うわ」

 先生は、元気付けるように言った。

「高校選びもそうよ。好きなことから考えて選ぶのも大事だと思うわ」

「……好きなことから……?」

「そう。興味のあることをとことん突き通す。そんな人生、素敵じゃない?」

 先生は、朗らかに言った。

「せっかく一度きりの人生だもの、"なりたい自分”になりたいじゃない」

 明らかに難しいことを、簡単に言ってしまう先生にわたしは困惑する。

 なりたい自分? なりたい自分ってなんだろう。そもそもそんなもの、なれるんだろうか。

 わたしはいつも、毎日を耐える(・・・・・・)ことで精一杯だった。辛いことから耐えて、日々がただ流れていくのを待っているので精いっぱいで、”なりたい自分”を考える余裕も余力も無かったのだ。
 好きなこと、興味のあること、やりたかったこと……。なかったわけじゃない。小学生の頃、わたしは漫画家になりたかった。でも、当時のクラスメイトの男子に、描いていた漫画を朗読されて、笑いものにされてから、その夢も諦めてしまった。

「……やっぱり、無理だと思います。絵を描く仕事だなんて」

 こんなわたしが、“なりたい自分”になんてなれるわけがない。

 先生に、箱の中に一個だけ残ったマカロンを勧められて、わたしは、最後のマカロンを味わうように口に含んだ。砂糖菓子の甘さに、すこしだけ心が救われる。

「高校選びは、絵を描くことと直結しなくても良いかもしれない。でも、自分で自分を諦めてしまうのはもったいないわ」

 先生は、香りを楽しむようにティーカップに口をつけた。

「ただ、毎日を耐えていく人生なんて、自分で自分の心を壊しているようなものだもの。自分の心を救うのは、本当に好きなことだけよ」

 何も言えなくなっているわたしに、先生はにこりと笑った。

「しばらく、考えてみて。津田さんの”なりたい自分”。最初から無理だと決めつけずにね。不安や悩みなら、先生がいくらでも聞くわ」



*★*―――――*★*―――――*★*―――――
お読みいただきありがとうございました。

明日12/2
17:30 ep32 神谷は地雷の鼻が利く

カクヨム先行公開中です。
先の展開が気になる方は、カクヨムをご覧ください!

【カクヨム】
 https://kakuyomu.jp/works/16817330664367241645

*★*―――――*★*―――――*★*―――――