今日は、わたしと篠原くんとちなちゃんの3人で、チーズケーキとマドレーヌを作る。
 ちなちゃんは黄色のチェック柄のエプロンを、篠原くんは黒いエプロンをつけている。ふたりのエプロン姿を見られるなんて、なんて幸せなんだろう。日頃のストレスが溶けていくような気がする。

 チーズケーキとマドレーヌの作り方は、篠原くんが事前にレシピを調べてくれている。
 料理なんて作ったことのないわたしからしたら、お菓子作りなんてハードルが高い気がするんだけど、ふたりがいるからきっと大丈夫。わたしはふたりの邪魔にならないように気を付けなきゃ。


 マドレーヌ担当のわたしは、篠原くんの指示でさっそく卵を溶きほぐしはじめた。そこにグラニュー糖を加えてすり混ぜる。薄力粉とベーキングパウダーを加えて、粉っぽさが無くなるまでさらに混ぜる。

「頑張って、津田さん」

「うぬぬ……」

 篠原くんに励まされながらひたすら混ぜる。腕がプルプルしてきた。普段、腕の筋肉を使う生活なんて送ってないからな……。

「篠原くん、クリームチーズいい感じです!」

 チーズケーキ担当のちなちゃんが、ぴしっと敬礼して篠原くんに報告する。ちなちゃんは、お菓子作りの経験があるので、わたしよりも手際良く進んでいるみたいだ。

「それじゃあ、薄力粉をふるって生地になじませたら、しばらく冷蔵庫で冷やしておこうか」

「はいっ!」

 一方、マドレーヌ担当のわたしは、マドレーヌ生地に溶かしバターとはちみつを加えて混ぜていた。

「ぐぬぬぬぬ……」

「もう少しだよ、津田さん。頑張って」

 疲れた腕を頑張って動かす。バターと生地が混ぜ合わさったら、冷蔵庫で2時間程度休ませるのだ。
 あともうちょっと、あともうちょっとで休憩できる……!

「津田さん、お疲れ様。時間まで、休んでいてね」

「はぁ、はぁ……はぁーい……」

 めっちゃ疲れた。お菓子作りって、結構、体力使うのね……。

「篠原くん、こちらチーズケーキの準備が出来ました!」

「了解。じゃあ、チーズケーキを先に焼いてしまおうか」

 紅茶用に、お湯を沸かしている篠原くんが、ちなちゃんに指示を出した。

 生地は順調に焼き上がり、オーブンから取り出すと、甘くて香ばしい香りがキッチンに広がる。チーズケーキの出来上がりだ。

「うわぁ! おいしそう!」

 ちなちゃんが、焼きあがったクリームチーズに感動して嬉しそうにしていた。

 一方、ようやく2時間経ってマドレーヌの生地を取り出すと、しっとりしていた生地の質感が変わって、ねっとり生地に変わる。それを、型に流し込んで、オーブンで焼いたら出来上がり!

「ふわあ! マドレーヌ膨らんでる! ちゃんと膨らんでるよ?!」

「うん、良く出来たね、津田さん」

 頑張った後の篠原くんの「頑張ったね」は疲れ切った心に効く。いい感じの焼き色だし、初めてのお菓子作りにしては上出来だ。



 みんなで紅茶を用意したり、お皿やナイフをセッティングして、お茶会を始めた。わたしはさっそく、ちなちゃんの作ったチーズケーキを口の中にいれた。
 濃厚でなめらかな舌触り。甘さも丁度良く、紅茶の組み合わせとも抜群だ。これではいくらでも食べられてしまう。わたしが、腕の筋肉を犠牲にしてつくったマドレーヌも、しっとりふわふわに出来上がっていた。


「そーいえばさ、篠原くん、あのおまじないの話どうなったの?」

 幸せそうにチーズケーキを食べていたちなちゃんが、思い出したように篠原くんに尋ねた。わたしはくちいっぱいにチーズケーキを頬張りながら、なんのことか分からずに、目をぱちくりさせた。

「あぁ、あれは大したことじゃなくて。たまたまそういう話題が挙がっていたのを聞いただけだから」

 篠原くんは紅茶を飲みながら、涼しい顔でちなちゃんの質問を受け流している。わたしはようやく口の中のものを飲み干した。

「おまじないって何のこと?」

「なるちゃん覚えてない? 小指に付けると両想いになれるっていう、赤い糸のおまじない」

「そんなのあったっけ?」

 たしか小学3年生の頃、女子たちの間で、恋のおまじないが流行ってたような気がするけど。
 昔から同い年の女の子の話題についていくのが苦手なんだよなぁ。流行とか、全然わからない。


「えー、なるちゃんも、おまじないやってたじゃん!消しゴムに好きな人の名前書くやつ!」

 げっ! ちなちゃん、そんな事覚えてるの!?